2.二二五小隊の常識
「あーあ、今日から新米小僧の指揮下かぁ、マジでダルいわ」
「おや、マモト曹長はご存じないんスか?」
「あん? 何をだ、伍長?」
西部方面軍第二師団第二大隊所属第五遊撃小隊――通称二二五小隊。その詰め所で、マモト曹長と呼ばれた青年下士官は、気だるげに帽子を目深に被り直した。
「うちに来る新任准尉様は女ってうわさっス」
「マジか?」
「それも、結構な美人さんだって話っスよ」
「おいおいおい、マジかよマジかよ!? 詳しく教えてくれ、詳しく!」
マモト曹長は勢いよく帽子を上げて伍長に詰め寄る。
予想通りの食いつきのよさを伍長は密かに喜んだ。部下の面倒見がよい、この直属の上官が女好きなことは、彼ら二二五小隊の常識であった。
「なんでも、おっぱいぼいんぼいんの可愛い子らしいっス」
「おおお! いいねいいね、マジいいね! 他には他には!?」
「笑顔が柔らかくて教官ウケのいい子とも聞いたっス」
「ほうほう。
「中央士官学校を首席で卒業したとびっきりの才媛って話だから相当ウケいいっスよ」
「……ちょっと待て、中央で首席? ウケがいいとかってレベルの話じゃなくて、マジの超絶エリートじゃねえか」
「そうなんスか?」
「それ、本当に女か?」
「名前が『エルマ・クルム』だから、間違いないっス!」
「『エルマー・クルム』ってオチじゃないのか?」
エルマは一般的な女性名だが、エルマーならば男性名となる。
「――あいにくと、私は女だ。残念なこと、この上ないがね」
マモト曹長らよりも頭ひとつは小さい軍服姿の少女――エルマが詰め所に入ってきた。
「ダメっスよ、お嬢ちゃん。勝手に詰め所に入ってきちゃ――ぐぎゅっ!?」
伍長は
「新任のエルマ・クルム准尉だ。これが辞令書である。先任曹長を呼んできてくれ」
「……お、俺です。マモトと言います」
「結構。小隊全員を直ちに集めろ」
「は?」
「それと、全員にこれを装備させろ」
「な、なんですか、このマジ重い包みは?」
「最新式の銃だ。ひとり三丁、小隊全体で一二〇丁用意してある」
「……エルマ准尉はこのマジ高いものを俺たちに装備させて、どうするおつもりですか? 演習場なんて予約取ってませんが?」
「問題ない」
「あ、準備はされてたってことですか」
「これからするのは演習ではなく実戦だ。――これより、国境警ら任務を開始する」
「はぁあああ!?」
◇◆◇
帝国軍における『准尉』は少し特殊な階級である。
士官学校の卒業生は漏れなく着任すると准尉に任ぜられる。彼らは昇進をすると少尉になる。
一方で、兵卒は二等兵から始まり、下士官を経て、准尉を飛ばして少尉に昇進する。これはなぜなのか。
答えは、准尉が『士官学校卒業生専用の下士官階級』だから。『一応は下士官の現場を体験した』という建前のためにある階級なのだ。
ゆえに、これまでの准尉は皆、『すでにある部隊を指揮し、警ら任務を達成した』という名ばかりの功で少尉に昇進していた。
「ゼーヒューゼーヒュー……く、くそ重い……。なんだって、准尉の任務で俺らがこんな……」
「総員、息を整えろ。お客さんのお出ましだ」
「え?」
帝国の西の国境を流れる大きな川。そこに分隊規模の不審な集団が現れ、
「密入国者……?」
「マモト曹長、よく見たまえ。ただの密入国者があんなに行動を揃えられるかね? 持ち込んでいる物資は少量だが、痩せてはいない。そして、全員が全員、鍛えた跡が伺える。食い詰め者でなければ密輸業者でもない訓練を受けた者。さあ、こいつらは何者かね?」
「まさか……!?」
「さて、連中は
この瞬間、帝国軍に創設以来初めてとなる、本物の功で少尉昇進を果たす准尉が生まれることが決まったのだった。
◇◆◇
「エルマ准尉! 生き残り全員の捕縛が完了しました!」
「ご苦労、マモト曹長。小隊に怪我人はないかね?」
「はっ! 負傷兵ありません!」
「よろしい。連行する準備が整い次第、私に報告するように」
「かしこまりました」
組み立て式の椅子に座るエルマを横目に、マモト曹長は次の仕事へと動き出す。
「……にしても、マジであれだな」
「なんスか? マモト曹長」
「伍長。お前の言った噂話が、全部マジだったと思ったんだよ」
「ははは、そうっスね」
ここに来る新任准尉は女で、おっぱいぼいんぼいんの可愛い子で、とびっきりの才媛で――笑顔が柔らかいという。
「負傷兵なしを報告されてあの顔は、マジで反則だろ……」
「俺もそう思うっス」
こうして、二二五小隊の常識はひとつ増えることとなった。
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