第20話 選んだ道



 忠弥が十一歳の時、姉の美津が行方知れずになったことがある。

 その時、同時に老僕が一人行方をくらました。老僕の名は忘れたが、美津をいつもかばって気にかけている優しい下男げなんだった。


 家の者たちで美津の行方を探したが、もう生きてはいまいと諦めかけた時、忠也はまちかたで老僕の姿を見かけた。

 あとをつけると、汚い小屋の中へ入って行く。

 中をのぞくと、姉の姿があり、そばに自分より幼い子がいたので、全身の毛が総毛だったのを覚えている。

 姉が、かどわかしたのだと思った。

 

 何も考えず戸を蹴破り、中へ飛び込むと姉は自分を見て泣き崩れ、老僕は何も云わずうなだれた。武士の子は静かだった。


「大丈夫か?」


 聞いたとき、べそをかいて泣き出した。

 どこの屋敷の子だろうか、と問うと、半之丞はすぐに答えた。

 なぜあのとき、自分は何も考えず半之丞を屋敷へ送り届けたのか覚えていない。

 ただ、必死でしがみつく子を返さなくてはとそれだけ強く思った。


 お互いの屋敷がことを大きくしまいとしたのか、それとも、三浦家の当主が町奉行へ届けなかったのか、真実はわからない。

 成沢家にお咎めはなく、三浦家も何も変わらなかった。

 ただ、当主がやって来て、半之丞を強い男にする、とだけ熱心に云ってきた。

 あの日を境に、半之丞は、忠弥を恩人と見ているらしい。



 忠弥は縁側でぼんやりと夜空を眺めた。

 月が出ている。

 忠弥は、難しく考えるのが苦手だった。

 半之丞の気持ちだとか、美津がなぜ狂ってしまったのかなど、子も生めない自分がいくら考えたって分かりゃしないのだ。


 考えるのは性に合わん。


 ごろりと横になると、姉のことを聞いて駆けつけた妹の加代かよが、一人娘のおつうを抱いてやって来た。


「こんなところで寝て……、風邪を引いても知りませんよ」

「俺は鍛えてあるから、簡単に倒れるか」

「まあ、あきれた」


 加代はそのまま縁側に腰を落とした。

 立ち去るかと思ったが隣に座ると、ないしょ話をするように小声になった。


「姉上と何を話したの」

「別に」

「なぜ隠すの?」

「隠してなどおらぬ」

「あの袖の方のため?」

「なに?」

「兄上が持ってきたの?」

「なんの話だ」

「父上があの袖を処分するように云ったけど、姉上は、決して離そうとしなかったのだそうよ。そのため、遠くへ嫁ぐことになった」


 忠弥は驚いて体を起こした。 


「お前は知っていたのか?」

「いいえ。わたくしも知らなかったわ。姉上は……、幸せだったのかしら」

「俺に聞くな」


 むすっとして答えると、加代が口をつぐみ、そのあとクスッと笑った。


「そうよね。誰にもわからないわよね」


 他人の気持ちを汲むなど、忠弥のような輩はとくに不得意だ。

 今しか生きられないから、今を精一杯生きる。

 これが忠弥の生き方だった。

 ややこしく生きるのは苦手だ。


 姉と約束した。

 明日、半之丞に会って、姉の言葉を伝えよう。

 半之丞は、美津に会ったことを黙っていた。

 自分が、家のものにも妹にも真実を告げなかったように、半之丞も何も告げなかったのだ。

 これが、半之丞が選んだ道だったのだ。




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