第18話 今まで通り
朝、道場へ行くと、稽古着姿の半之丞がすでに来ていて、一人で素振りをしていた。
額に汗が浮いているのを見ると、早くからきていたようだった。
兵馬はまだ来ていない。
半之丞は、忠弥を見るなり手を止めて挨拶をした。
「おはようございます。成沢様」
「うむ」
少し距離を置こうと決めた翌日だ。
しかし、冷静になって考えたら、年下の男が自分に興味をなくしたことなど、とるに足らないことなのだ。
自分がやけになっていた。
普通にしたらいいだけだ、と考えなおした。
「精が出るな。打ち込みにつきあってやろう」
「はい! ありがとうございます」
おっ、と思う。
今朝はなぜか、いつもの仏頂面ではなくて、機嫌がよいようだ。
何かいいことでもあったか。
忠弥は、
半之丞もかなり動いたらしく、手拭でぐいっと顔の汗を拭うと、きりっとした顔つきで自分を見た。
ますます、以前までの半之丞と違う。
以前、半之丞の姉がやって来て、唐突に云われた言葉を思い出した。
この子を突き放してください。
あと、何か云っていたが、あの女の云いなりになるのも面白くないと感じた。
特別なものはない。
他の門弟と同じに扱えばいいだけだ。
それと、半之丞の変わった様子を見ていると、もしかしたら、忠弥に憧れが過ぎて、まわりが見えなくなっていたのは半之丞自身であると、本人が気づいたのかもしれなかった。
そう考えると、これまでのことが腑に落ちる。
俺は嫌われたのではなかった――。
忠弥の心に温かい火が灯った気がした。
「よし!」
お互い構えの姿勢になる。半之丞が踏み込んできた。
道場には誰もいない。半之丞の真剣な声が響き、集中して打ち込み稽古に励んだ。
初めて会った頃よりも力がついたように思う。
十七歳にしては小柄なほうだ。
もっと、筋力と体力をつけて体を鍛えよ、と伝えた。
確かに、剣客にはあまり向いていないかも知れないが、小性組頭を継ぐのであれば、剣術ができなくては話になるまい。
そうこうしているうちに、兵馬がやって来た。
「おはようございます!」
「おう、来たか」
稽古をやめて、手拭いで汗を拭いた。
「おはよう、兵馬」
「うん。おはよう。今日は早くから稽古していたんだな」
「うん。あの、成沢様」
「ん?」
珍しく半之丞が自分から話しかけてきた。
「私の身勝手で道場を辞めてしまいましたが、成沢様のおかげで目が覚めました。もう一度、成沢様の元で修行をさせてください」
「本当か、半之丞」
兵馬が嬉しそうに笑った。
「よかった。俺も友達がいないと張り合いがないし、これからもずっと共に稽古に励もうぜ」
「よく云ったぞ、半之丞」
忠弥は、本気で嬉しいと思った。
「案ずるな。三浦は抜け目のないやつさ。道場にはまだお前の
「はい……!」
半之丞の目に光るものがあった。
泣くほどのことか?
だから、こいつは女みたいに弱々しいと思われるのだ。
忠弥は何かひとこと
自分は半之丞の姉ではないのだ。
己の弱さは、己で克服してもらわねばな。
これで今まで通りだ。もう、俺のことを嫌う理由はあるまい。
忠弥は、胸を撫で下ろす自分に苦笑した。
やれやれだ。
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