第14話 心がざわめく



 最近、姿を見ぬな…。


 気づいたのは、秋も深まり紅葉が黄色く色づいた季節になってからだった。

 成沢なるさわ忠弥ちゅうやは道場で汗を流してから、無意識に三浦みうら半之丞はんのじょうを探している自分に気づいた。

 ここ数日、いや、もっと以前から、半之丞の姿を見ていない。病で臥せっていることは門弟もんていたちから聞いていたが、あえて、気にしないフリをしていた。


 半之丞の友達であるはやし兵馬ひょうまも何も云わないところを見ると、大した病ではないだろう、と思っている。


「忠弥さん」


 呼ばれて振り向くと、笑顔の兵馬がいつものように近づいてきた。


「終わったか」

「はい」


 幼い頃から面倒を見てきたため、弟のような存在だ。

 丸顔に愛嬌ある顔だち、多少筋肉はついたが、ぽっちゃり体型の兵馬は憎めない性格の持ち主だ。

 ちょうどいい機会なので、兵馬に聞いてみることにした。


「最近、三浦の姿を見ぬが元気なのか?」


 尋ねた途端、サッと兵馬の顔が気色けしょくばんだ。


「あいつ、辞めたんです」

「は?」


 思わず足を止めて、兵馬の顔を見た。

 兵馬は俯いて、歯を噛みしめている。


「辞めた? なぜだ」

「知りません。突然、自分は武道に向いていないから、勉学に励むことにするとか、わけのわからないことを云いだして。それで、今は口もきいていません」


 忠弥は顔をしかめると、鼻で大きく息を吐いた。

 兵馬がびっくりして顔を上げる。


「忠弥さん…」


 忠弥の顔付きが見たこともないほど恐ろしく思えて、兵馬は思わず後ずさりした。


「情けない男だと思っていたが、そこまで腐っていたのか!」


 吐き捨てるように云うと、ずかずかと歩き始める。

 井戸の方へ行き、思い切り水を浴びた。

 いきり立った体を静めるためだったが、なぜか、心がざわざわしていた。


「あの…」

「よい。俺が奴に話をする」

「でも、もう門弟ではないのですよ」

「知るかっ」


 忠弥はじゃぶじゃぶと水を浴び続け、おかげですっかり体が冷えてしまった。それが、さらに忠弥を苛々させた。


 道場を出て屋敷には戻らず、半之丞の屋敷に向かった。

 三浦の屋敷に行くのは二度目だ。

 確か、国元くにもとに帰って幾日か過ぎてからだったように思う。あれから、あっという間に日が過ぎた。

 まさか、妹に赤子ができるなんて夢にも思わなかったが、妹も十八を過ぎ、自分も二十五を過ぎた。

 自分に縁談の話はまだない。

 そういえば、半之丞にはすでに許嫁がいたな。


 半之丞の事を思い出すと、思わず眉間にしわが寄る。

 なぜ、このように心がざわめくのか。

 きっと、過去にとらわれ過ぎている自分がいるのだろう。

 以前、半之丞の姉が突っかかってきた日、自分はあの時のことを思い出した。



 成沢家には隠し事があった。それは長女の美津の存在だ。

 世間では次女の小雪が長女として通っているが、事実は違う。

 だから、美津の存在は、成沢一族の者以外は誰も知らない。

 美津は今年で三十歳になる。


 姉の美津は、十九の時に赤子を流産した。

 誰の子かいまだ分からない。

 姉はもともと心の弱い人で、それからもさらに心の病が進行した。

 そのため、誰にも知られぬよう母屋に閉じ込められていた。

 ところが、いつだったか、見張りの目をすり抜けて町方へ逃げ出した。

 数日、行方が知れず、忠弥たちが必死で居場所を突き止めた時、姉のそばに見知らぬ子供がいた。

 その子供こそ、三浦半之丞である。

 彼は幼かったため、記憶があいまいのようだったが、自分はよく覚えていた。

 三浦半之丞は愛らしい子供だった。ぱっと見れば、女子にも見間違えそうだったが、しがみついた時の力強さは覚えている。



 気がつけば忠弥は三浦家の門の前に立っていた。約束もせず、黙って来たが、しかたあるまい。

 挨拶もなしに道場を黙って辞めたこと、説明してもらうまでは帰らぬつもりであった。


 門番に取り次ぐと、呼んでもいないのに現れたのは、当主の小姓こしょう組頭くみがしら三浦みうら十太夫じゅうだゆうだった。

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