第13話 自分は剣客向きじゃない



 三浦家へ戻らず実家へ帰った半之丞は、夕餉も食べず自分の部屋へこもった。

 文机ふづくえに向かって顔を伏せていると、外から声がした。


「半之丞、戻っているのですか?」


 弓江の声だった。


「入ってよいですか?」

「ええ」


 沈んだ声を悟られぬよう声を張り上げたが、姉は中に入るなり顔をしかめた。


「なんです? その泣いたような赤い顔は」


 半之丞は、ぐっとこぶしを握りしめた。


「…申し訳ありません」

夕餉ゆうげは召し上がったの?」

「え?」


 顔を上げると、先ほどとは打って変わって姉が心配そうな顔をしていた。


「成沢家へ行っていたのではなくて?」

「行っておりませぬ」

「そう……」


 姉は何か知っているのだろうか。

 身構えると、姉が沈んだ声で云った。


「わたくし、厳しいことばかり云って、あなたを苦しめているわね」


 ハッとすると、弓江は唇を噛んでいた。


「姉上、私はもう成沢様とはお会い致しません」

「えっ、どうして?」


 弓枝がびっくりした顔をした。


「私はもうあの時の子どもではございませんよ。目が覚めたのです。単なるあこがれだったようです」

「何かあったの?」


 弓江は不安そうな声で、半之丞の顔を覗き込んだ。


「いいえ」

「もしかして、小園様に断られたことで悩んでいるの?」

「違います。あ、でも、そうですね…。私はどうやら思っていた以上に、小園様のことをお慕いしていたようです」

「まあ!」


 弓江は口を押さえると、弟に近寄って手を取った。


「安心なさって。わたくしがあなたにピッタリのお方を探して参りましょう」

「姉上、しばらくはそっとしといてもらえますか?」

「ええ、ええ。もちろんですとも」


 弓江は神妙に頷いた。姉はよほどうれしかったのか、笑みを浮かべたまま部屋を出て行った。

 静かになった部屋で、半之丞は吐息をついた。



 明日、堀内道場を辞める手続きをしよう。

 道場はいくつかあるし、それよりも勉強に力を入れよう。

 自分は剣客けんかく向きじゃない。

 兵馬は悲しむかもしれないが、勉強に励みたいと云えば分かってもらえるだろう。


 忠弥さん…。


 成沢忠弥の名を呟いた時、胸に熱いものが込み上げた。目頭が熱くなったので、歯を食いしばった。


 今まで、申し訳ありませんでした。

 知らずうちにあなたに迷惑をかけていた。

 忠弥さんはどんな気持ちで自分と対面していたのだろう。

 もし、自分が同じ立場だったら、やるせない気持ちで一杯になるような気がした。


 俺はもう、あなたを好きでいるのはやめます。

 今日まで幸せな毎日を過ごすことができた。

 それだけで十分です。

 あなたを諦めます。


 自分で云って、泣きたくなった。

 頬を涙が伝う。


 明日にはきっと、笑顔でいられるように。

 別の自分になれるように。


 想いを込めて、流れる涙をそのままにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る