第22話

 お姉ちゃんのところに赤ちゃんが生まれて、わたしがオバさんになって、おばあちゃんがひいおばあちゃんになって。

 ちょっとの時間お姉ちゃんにおめでとうを言って赤ちゃんを眺めて。

 でも、あまり騒がしても悪いよねということで、別の部屋に引っ込んで。

 そこでわたしは、おばあちゃんに訴えた。

 白雪の女王様の国に起こっていることを。

 わたしの友だちのアルバートくんを、助けたいってことを。

 それで、すっかり夜になってしまっていたけれど、なんとかその日のうちに、麦畑の村までおばあちゃんを連れて飛んで戻った。なのに。


 アルバートくんは、どこにもいなかった。


 わたしはそれはもう、ぴいぴい泣いた。目がとけるかと思った。

 アルバートくんが、国に連れ戻されてしまったんじゃないかって。

 怖い思いを、痛い思いを、苦しい思いをしているかもしれないって。

 そんなに早くに国に戻れるはずもないと、おばあちゃんとガーくんは言っていた。

 絶対に追いつける。しっかり準備をしてから、白雪の女王様の国にむかうべきだと。

 そんなの、軽く信じることはできなくて、不安で不安で不安で……。

 昨日は途中の街で泊まったのだけど、わたしは反対したかった。

 寝ている場合じゃない。もっと白雪の女王様の国の近くまで行こう。そういくら言っても二人はうなずいてくれず、わたしは寝かされてしまったのだった。おばあちゃんの魔法で、むりやりに。

 夜遅くまで起きていたせいで、不安な気持ちが大きくなっていたのかも。そう気づいたのは、朝に目覚めた時だった。


 それで、おばあちゃんに大きくしてもらったガーくんの背に乗り、白雪の女王様の国のお城に乗り込んできたのが今、というわけだ。

 おばあちゃんも箒に乗っていっしょに飛んで来たのだけれど、今は別行動。


「チッ! しょせん借り物の力でしょうに! ああ、なんて生意気な。なんて忌々しい。その髪、その目、その肌、その唇! まるで、自分が世界で一番美しいとでも言うような!」

「忌々しい? 白雪の女王が、そんな風に思うわけがない。そう思うのならば、それこそがお前が本物のお母様ではない証拠だな!」

「だったらどうした! もう、お前の言うことなど誰も信じやしない!」


 なんだか怖い女の人の声も聞こえたけれど、それよりなにより力強いアルバートくんの声が聞こえて、わたしの気分は一気に急上昇だ。

 良かった! アルバートくんは元気だ!

 その嬉しさのままに、わたしは大きな声で叫ぶ。


「アルバートくん、わたしは、信じるよ!」

「ボク様も信じてやるよ、アルバート!」


 アルバートくんはなんだかぽかんとしていたけれど、わたしたちに気づいて、パア、と笑顔になって駆けてくる。

 ばさり、ばさり、ばさり。

 ガーくんってばなんだかかっこつけながら、でもまあ実際にかっこよく、お城の中庭に降り立った。

 わたしはガーくんの背中からぴょんと飛び降りて、アルバートくんを迎える。


「ルルちゃん、ガーくん……! きて、くれたんだね。すまない。待っているという約束を破る形になってしまって……」

「おっとアルバートくん、違うよ。そうじゃないでしょう?」

「……ありがとう。来てくれて、本当にうれしい。正直、もうダメかと思っていたんだ」

「そう、それでいいの! どういたしまして!」


 旅の間に何度かしたようなやり取りをして、アルバートくんとわたしは笑った。

 あっ、いけない。怖い女の人、おそらく悪い魔女から目を離すなんて。

 でも、しっかりと大きいモードのガーくんが、ずずいと悪い魔女に迫ってくれていた。

 悪い魔女は、ガーくんにビビりちらして動けなくなっているようだ。ガーくんが首から下げた女神の息吹が入った振り香炉も見ているから、それにもひるんでいるのかも。


「ペ、ペガサス……? それに、いったいなんだ、その気分が悪くなるようなにおいの香炉は……」

「そう、ボク様は空の王者、ペガサスさ! そしてこれは、万能の魔女様特製の、呪いを打ち払うお香。これで気分が悪くなるなんて、お前はよっぽど邪悪に染まっているんだな。……おいルル、やるぞ! ここはちょうど城の中心だ!」

「はーい! ひゅるり♪ひゅるら♪おどれおどれ風の精よ♪」


 ガーくんに呼び掛けられ、わたしは歌いだした。

 ガーくんといっしょに、風の魔法を使っていくのだ。

 振り香炉から出ている煙をぶわっと巻き上げて、城のあちこちに広げるように。


「や、やめろ! ぐっ、……うああっ!!」

 魔女はこちらに手を伸ばそうとしたけれど、ひときわ強くお香の煙を吹きかけてやれば、苦しそうにもだえた。よろよろと転びそうにまでなっている。

 浄化の力のあるお香をかぶってこれって、この人根っからの悪い魔女なんだな……。


 バタン! 大きな音をたててすぐ近くの部屋の扉が開いた。

 立派な身なりの男の人が、何人かの男の人を引き連れて部屋から飛び出してくる。

 みんなそろって『とんでもないことに気がついた!』とはっきりくっきり顔に書いてあるので、正気を取り戻した人々らしい。


「アルバート、無事か!? ……そこの、我が妻の姿の女! お前が毒リンゴの魔女だったのだな、すぐに捕らえてくれる!」

「お父様……!」


 立派な身なりの男の人は、アルバートくんのお父さんらしい。


「かかれっ!」

 アルバートくんのお父さんの号令を受けた男の人たちが、一斉に悪い魔女へととびかかっていく。


 悪い魔女は逃げようとしたけれど、すぐに地面に伏せられ上から押さえられ、観念したように、ガクリと脱力した。

 すぐに押さえている人とは別の人が素早く猿ぐつわまで噛ませて、もう、悪い魔女になんにもさせないぞ! という気合を感じる。


 次いで、この近く以外にも女神の息吹の香が届き始めたのだろう。

 ざわざわ、どよどよと、あちこちから正気に戻ったらしい人々の戸惑いの声が聞こえてきた。


 そして人々は、中庭へと集まって来る。

 わたしの歌に呼ばれているのか、煙がやって来た元をたどってきているのかは知らないけれど。

 白雪女王(偽物)って、偽物じゃん! って気づいてむかって来ている人もいるかな?


 ぞくぞく、わらわら、どんどんどん。

 もう、お城中のほとんどみんなが集まっているんじゃないかしら。そう思うくらい、人がいっぱいになってきた。

 その時、優し気な女の人に支えられて、パジャマ姿の男の子もやってくる。

 あら。このお城に、あんな小さな子もいたんだ。アルバートくんが言っていた、弟さんかしら。

 けれど、ずいぶんフラフラしているみたい。

 わたしは、おばあちゃん特製の栄養たっぷり回復薬の瓶を鞄から出して、ポンとアルバートくんに投げ渡した。

 歌を止めるわけには行かないので、ジェスチャーでパジャマの男の子に飲んでもらうよう示す。

 アルバートくんはこくりとうなずき、彼のもとへと向かった。

 そして、たぶん弟さんと思われる子は、アルバートくんが差し出した瓶を、素直に受け取る。

 そして、ぺこりとわたしに頭を下げてから、ごく、ごく、ごくん! と一気に瓶の中身を飲み干した。うむ。あれで、もうちょっとしたら一人で歩けるくらいにはなるだろう。


「ルルちゃん、ガーくん、お疲れさまでした。もう、十分ですよ」

「あなた、アルバート、フランツ、無事だったのね……!」


 そうこうするうちに、別行動だったおばあちゃんも中庭までやって来た。

 一人の、しゃがれた声のおばあさんの姿の女性を連れて。

 十分と言われたわたしはそこで歌をやめて、静かに見守ることにする。

 親し気に呼ばれた人々は戸惑っている様子だが、そのうちのアルバートくんが一歩前に出て、ぎこちなく尋ねる。


「え、あの、もしかして……、おかあ、さま、ですか……?」

「そうよ。ママの大事なかわいい良い子のア・ル・くん!」

「お母様、ソレはいい加減にやめてくれと、いつも言っているでしょう……! 僕、もう一一歳ですよ……!?」


 どうやら、この人が本物の白雪女王様らしい。

 ものすっごく恥ずかしそうに、この上なく嫌そうに、でもどこか嬉しそうにアルバートくんが言った言葉で、確信する。


「ふふ、良かったですね。……というには、まだ少し早いかしら。うーん、そうねとりあえず、この国の宝、真実を告げる魔法の鏡を直しましょうか」


 おばあちゃんはそう言うと、どこかから回収してきたらしい鏡を宙に浮かべ、キラキラと光る粉を振りかける。

 おばあちゃんがその粉を払うようにふーっと息を吐きかければ、みるみるうちにきらりと輝く立派な鏡の状態になっていった。


 神々しく輝き、宙に浮く鏡に、見蕩れてしまう。

 わたしだけでなく、たぶんその場のみんな、そうなのだろう。

 しんと静まった中庭に、おばあちゃんの声が、凛と響き渡る。


「鏡よ鏡。世界で一番かわいい魔女は、だあれ?」

「おばあちゃんっ! 今、それ聞く場面じゃなくない!?」


 鏡からの返事が聞こえる前に、わたしは力いっぱい叫んだ。

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