第17話

 ガーくんの案内に従って山の中を四時間くらい歩いて、なんとかまだ夕方の早い時間に。

 村にしてはめちゃくちゃ立派だけどまだ街と呼べるほどではない、その村に到着した。

 なんというか、建物の数は少ないのだけれども、一つ一つの建物が立派なのだ。

 森の中にお屋敷が点在している感じ。

 道も、馬車が通れそうなしっかりとした道が、森に飲み込まれることなく保たれている。

 これが、別荘地というものか。

 わたしたちの今日のお宿も、どーんと立派な石造りの建物で、元はどこぞの貴族様の別荘だったそうな。

 意外な事に、値段は昨日のお宿とそれほど変わらない。

 部屋によってはとんでもない広さと値段のようなのだけれども、元は使用人が使っていたような区画もある。

 そういう部屋を借りられたので、そのくらいで済んだというわけだ。良かった。

 

 到着したのが少し早かったので、せっかくの観光地だし、少し探索してみようということになった。

 街と違って、人もそう多くはないし。


 まず手始めに見に行った滝は、まあ、滝だった。

 アルバートくんは目をキラキラさせて、感動してたようなのだけれども。

 いや、涼しいなとは思ったよ。

 でも、うちの近くにも、これと比べたらちょっと小さめだけど、滝くらいあるし。

 川に入れるのなら楽しみようもあるけど、水の勢いが激しすぎて、それは無理そうだし。柵もあるし。

 でも、そんなこと、せっかく楽しんでいる人に言うことではないので。


「キレイだね、姉様」

「ね、綺麗だね、ルルちゃん! なんだか、空気も気持ちが良いよ!」


 わたしは、あたりさわりのない事を言ったつもりだったけど。

 アルバートくんに心から楽しい! とばかりに返されて、わたしもちょっと、楽しい気分になった。

 まあ、よく見たら、すごく良い感じの滝なんじゃない?

 ガーくんは、急に評価を変えたわたしを、見抜いたらしい。

 こっちを見てなんともむかつく笑い方をされたので、ぬいぐるみのように抱きしめてやろうかと手を伸ばしたら、スイっとかわされた。むかつく。


 そこから少し歩いて、並ぶお屋敷を眺めたり、魔女らしく薬草を探してみたり。

 しばらくのびのびと探索を楽しめている。

 長い時間歩くのはたいへんだったけれど、こっちに来てよかったなぁ。人がいっぱいの場所は、やっぱり緊張しちゃうもの。兵士さんたちから逃げている今は、特に。

 アルバートくんも、楽しそうだ。


 ソレに気がついたのは、入れなくても城という物を見てみようかと、お城の近くまで向かっている時のことだった。

 ゆるやかな崖の上に、そのお城はあった。

 わたしたちは崖の下から見上げるように、お城を見ていたところ。

 空中を飛んでいるガーくんを抱きしめようとしては逃げられていたわたしは、ソレに気づいた。


「え。……ね、ねえガーくん。あの崖の真ん中あたりにあるお花って……、女神の息吹じゃない?」

「へっ? ……ああ、なんかそれっぽい白い花があるね。ちょっと、近くで見て確認してくるよ」


 わたしに問われたガーくんは、スイっと空中を飛んで、それに近づいて行く。

 それからくるくるとその周りを飛んで、それをまじまじと見ているようだ。


「ああ、うん。どう見てもそうだね。女神の息吹だこれ」

「ほ、本当かい!?」


 ガーくんが出した結論に、わたしよりも早く、アルバートくんが反応した。

 ガーくんは、困ったようにうろうろしている。


「ええー。どうしよ。なんでこんな取りづらそうなところにあるんだよ。これ、ボク様が口でむしっていったんじゃ、せっかくの薬草がちぎれちゃいそうだよな……」

「根っこ! それ、できれば根っこまであった方が良いのよ、ガーくん! おばあちゃんの本に書いてあったの。だから、口じゃダメ! わたしがのぼるってとるわ!」

「待ってくれルルちゃん! せめて、そのくらいは僕にやらせて欲しい! あの薬草を必要としているのは、僕なんだから!」


 女神の息吹の辺りまでは、まだ坂がそんなに急な角度でもない。草が生えてもいるのでそうサラサラしている面じゃないのだろうし、いけそう!

 だから、わたしが崖を登って取るつもりだったのだけれども。

 アルバートくんに割り込むように前に立ちはだかれ、止められた。

 いや、でも。


「でも、姉様、わたしならほら、もし落ちたって絶対にケガしないから。わたしにどんと任せてくれて良いよ?」


 首をかしげたわたしの手をすっと持ち上げて、両手でにぎって。

 祈るように、願うように、アルバートくんは言う。


「ううん。頼むからここは僕にやらせて欲しい、ルルちゃん。いくらケガはしないといっても、もし落ちたら、こわい思いをするだろう。僕は、気持ちの面のほんの少しだって、ルルちゃんに傷ついて欲しくはないんだ」


 うわあ。王子様だ。

 アルバートくんってば、女の子にしか見えなくなる帽子をかぶっているのに。

 それでも王子様だと思わずにいられないほど、凛々しい表情をしていた。かっこいい。

 しかもそのまま宝石みたいにキレイな澄んだ目でじっと見つめられ続けて、なんだかドキドキしてしまう。


「ここは姉様にかっこつけさしてやりなよ、ルル。……ぶっちゃけ、姉様の方が運動できそうだし。そもそも落ちなきゃ良い話なんだから」

「……わ、わかったわ」


 そこにそんなガーくんの声まで聞こえてきて、わたしはもうよく考えられないまま、うなずいていた。

 アルバートくんはホッとしたように笑って、わたしの手を放す。


「良かった。ルルちゃんは、ここで待っててね。それと、見つけてくれてありがとう。あとは、僕に任せて」

「まあ、滑り落ちそうになったらボク様が支えてやるさ。この姿だって、乗せて飛ぶのは厳しくとも、何秒か支えるくらいならできる。その間に立て直してくれよ」

「ありがとうガーくん。万が一の時は、よろしく頼むよ」


 ガーくんの申し出に、アルバートくんは実に爽やかに笑った。

 そのまますぐに、彼は両手両足を使ってひょいひょいと崖を登っていく。

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