第15話

 ガーくんの狙い通り、農村から、みやこまでの道のりの三分の一くらいの位置にある街まで、馬車に乗せてもらえた。

 わたしの水の魔法をありがたがってくれて、なんとタダで!

 馬って、すっごくたくさんお水を飲むのね。水って重たいから、それを考えたら、わたしたち二人(ガーくんは飛んでいるので数えない)を乗せるくらいはなんでもないそうで。

 ただ、農村の人は、子ども(ガーくんは見た目だけなんだけど)だけでみやこまで行こうとしている事を心配してくれていた。タダでというのは、その心配の気持ちから、ちょっとオマケしてくれた気がする。というか、絶対にそうだとガーくんが言うので。

 ありがとうの気持ちを込めて、馬車の持ち主に、おばあちゃん製の傷薬を少しわけた。村で、誰かがケガをしたときにでも使ってくれたらいい。売ってもそこそこいい値になるらしいし。


 そうして、昼休憩は入れたりしつつ、何事もなくけっこう順調に。

 まだギリギリ夕方、でも今の時期じゃなかったらたぶんもう夜だわという頃に、目的の街に着いた。

 みやこまで行く人や物がたくさん通って行くので、宿も多いし割と栄えている。そう、ガーくんが教えてくれた街だ。

 確かに立派な建物が多いし、目が回りそうなほど人が多い。


 街の入り口で農村の人と別れ、わたしたちだけで宿を探して歩きだす。

 ちょっと、ううん、かなりドキドキするな。

 悪い人がいるかもしれないし、アルバートくんを探している人もいるかもしれないもの。

 そうでなくとも、知らない街だし。夜に子どもだけで出歩くなんて、悪いことをしている気分だし。

 先を飛ぶガーくんの表情は見えないけれど、アルバートくんは、どうだろうか。

 ちらりと横目で見たら、彼はつんとすました顔をしていた。でも、つないだ手は、少し痛いくらい強くにぎられている。

 アルバートくんも、緊張しているのだろう。すました表情をしているのは、人目があるからかも。


「あれ、お嬢ちゃんたち、子どもだけかい? 親はどうしたの?」


 人ごみの中からふいにそんな声をかけられて、ビクッとはねてしまった。

 背の高い男の人だ。うちのパパよりは少し若いくらいだろうか。でも、わたしくらいの年の子どもがいてもふしぎではないくらいに見える。

 優し気な顔をしたその人は、心配そうにこちらを見ていた。


「おい、ボク様の魔女に近づくな!」

「お、おお。そっちの緑の髪のお嬢ちゃんは、魔女だったか。確かに、そんな色だな。それに、ずいぶんとこわい使い魔まで連れて」


 ガーくんがすかさず威嚇してくれて、男の人は少し後ずさる。

 けれど、どうしてもわたしたちが気になるのだろう。男の人はわたしたちと、それから周りをきょろきょろ見ている。親が近くにいないか見ているのかもしれない。

 その心配するようなまなざしが、今はとってもありがためいわくだ。


「ん? あれ? そっちの金髪のお嬢ちゃん……」


 アルバートくんの顔を覗き込まれそうになって、わたしはとっさに叫ぶ。


「ちょっと! 姉様がいくら美人だからって、あんまりじろじろ見ないでくれる!? なんなのあなた、そういう趣味の人!? わたし、子どもだけど、ちゃんと魔女なんだからね! 姉様に変なことをするようなら、呪うわよっ!」

「ち、ちがうちがうちがう! そりゃ、将来が楽しみな美人さんだとは思うが……」

「いやー! へんたいだわ! きもちわるいわ! こんなまだまだ子どもな姉様を、美人さんなんて! ナンパってやつ!? きゃあー! 誰か助けてー!! おまわりさーん!!」


 わたしがあんまりにも叫ぶので、なんだなんだと、周りの人々の視線が集まった。

 たくさんの視線にギョッとしたらしい男の人は、今度は周りの人々にむかって言いわけを始める。


「ちがう! 誤解しないでくれ! 俺はただこの子たちが心配で……」

「ルルちゃん、行こう……!」


 その隙を見て、アルバートくんがわたしの手をひっぱって走り出した。


「お兄さん、ごめんなさい!」

「あ、ちょっと! やっぱり君、白雪姫に……」


 アルバートくんは男の人を振り返って謝ったけれど、足は止めない。

 離れてしまったので最後まで聞けなかったが、男の人は、『白雪姫に似ている』と言いかけていたのだろうか。

 白雪女王様が姫の頃に、どこかで彼女を見かけたことのある人だったのかも。まずいなぁ。

 わたしも焦ったし、たぶんアルバートくんも焦っている。

 そのせいか、アルバートくんはものすごい速さで、スイスイと人の隙間を抜けて走っていく。

 実に都会の子だ。王子様が街を歩くことはめったにない気がするが、なんかパーティー的なので人がいっぱいな場所になれているのかも。よくわからないけど。

 わたしは田舎者なので、こういう人の多いところでは困ってしまう。アルバートくんが手をひいてくれなければ、何度人にぶつかっているだろうか。

 ガーくんも、今は珍しくわたしたちの後ろだ。たぶんわたしと同じ理由で。


「はあ、はあ、はあ……。もう大丈夫、かな。この辺りは特に宿が多いみたいだから、どこかに入ってしまおうか」


 しばらく走ったところで、アルバートくんはようやく走るのをやめた。

 周りの宿を見ながらゆっくり歩いていると、ガーくんが後ろを振り返りながら追い付いてくる。


「うん、ついてきていないな。さっきの男は、近くにいた女性に問い詰められていたし、もう平気だろう。宿か……。そこの羊の絵の看板の所はどうだ? おいしそうなにおいがしてるぞ!」

「えー、ガーくんのおいしそうって、野菜が基準じゃない。でも、見た感じキレイにしてあるお宿ね。悪くはなさそう」

「これも何かの縁だろう。ひとまず入ってみようか。もう遅い時間だから、ここが良いと言っても空いていない可能性もあるし」


 そうして入ったお宿は、少し値段は高かったものの、良い感じの所だった。

 すごくキレイで、店主さんは優しく、お夕飯もおいしかった。

 わたしたちといっしょにこの街にやって来たと思われるレタスも出たのには、ちょっと笑ってしまったけれど。

 ガーくんも馬屋ではなく部屋にあげて泊めて良いと言ってくれたし。


 そんなせっかくのいいお宿なのに、アルバートくんはずっと外を気にしていた。

 さっきの男の人が気になるのだろうか。


「食べられる時にしっかり食べて、休める時にばっちり休んでおかないと、いざ逃げるぞってなっても走れないぞ!」


 そうガーくんに怒られてからは、きちんと食べて、ちゃんと休んでいた、と思う。

 わたしはガーくんを抱えてベッドに入ったと思ったらすぐにスヤっと寝てしまったので、たぶん、だけど。

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