第14話
旅の準備もあるし、出発は明日の朝早くに、ということになった。
干し肉、チーズ、ケークサレ、野菜のオイル漬け、ドライフルーツ、ヌガー、クッキー……。
手始めに揃えたのは、うちにあった、あるいは急いで作った保存食。それぞれで持とうと、三つの背負いカバンにわけて詰める。
途中の街や村にも寄る予定(そのためにアルバートくんに変そうしてもらうわけだし)なので、こんなには必要ないかもしれないけど、まあ、一応。
水はわたしが魔法で出せるので、なんとかなる。
わたしとわたしの服は、おばあちゃんの魔法のおかげで汚れがつくこともない。なので、着替えは少なくていい。どこかでアルバートくんの替えの肌着だけは買い足さなきゃだろうけど。さすがにそれは貸せないので。
野宿はしないで済むよう、ガーくんが道順を計画してくれているらしい。なので、テントや寝具の準備はいらない。
どこかで泊まったり食事をしたりにかかるだろうお金も持ち出す。うちのお金というかおばあちゃんのお金なので、後で返さなきゃいけないお金だけど。
アルバートくんの身に着けていた宝石を売っちゃって良いそうなので、それでたぶん返せるはず。ガーくんが『足が付く』と言っていたので、売るのは全てが無事終わった後にだけど。……足りなかったら、お手伝いをがんばろうと思う。
あとは、いらないかもしれないけれど役に立ちそうな、ナイフ、火打ち石、いくつかの薬、薬草について書いてある本、クシ、歯ブラシ、色々な小物。いっぱいに広げた物のうち、ガーくんに『いらないだろ!』と怒られなかった物までを詰めて、完成だ。
そんな感じで準備をして、早めに寝て、まだ薄暗いくらいの朝に、出発。
最初の目的地は、割と近くの農村だ。
山の中にあり割と涼しいそこでは、今の時期はレタスがとれる、らしい。
そのレタスを街、運が良ければみやこまで運ぶ馬車が出ているはずなんだそうだ。それに乗せてもらおう。というのが、ガーくんの計画。
ガーくんが先頭を飛んで、わたしとアルバートくんがその後ろに横並び。
アルバートくんは、すごく緊張しているみたいだった。
きょろきょろとあちこちを見て、ずっとびくびくとしている彼は、あまりに挙動不審だ。
せっかくの変そうも、これじゃ意味がない。
わたしはスッと彼の手をにぎって、大きく振ってやることにした。
ちょっとは気がまぎれるかな。まぎれるといいな。
「る、ルルちゃん?」
戸惑ったように首をかしげるアルバートくんに、わたしはにこりと笑う。
「だーいじょうぶよ、ア……、あれ、名前ってもしかして呼ばない方が良い? せっかく、変そうしていることだし」
「ああ、そうだね……。アル、というのが僕の愛称だ。家族は、そう呼ぶ。それに近い音なら、反応しやすいかな」
「アルとルル! なんだか似ているわね! きょうだいみたい! ……アリーちゃん、って呼ばれるのと、お姉ちゃんって呼ばれるのなら、どっちがいい?」
アルバートくんは、アル、と家族には呼ばれているらしい。
それをひねって女の子っぽくするなら、アリーかな、と思ったのだけれども。
アルとルルってなんだかきょうだいみたい! とも思ったので。
それなら、姉妹だということにして『お姉ちゃん』と呼んでも良いのではないか。
アルバートくんの方が妹だとしたら、アリーちゃんだ。その時は、わたしのことをお姉ちゃんと呼んでもらおう。
そんな思い付きから問いかければ、アルバートくんは難しい表情をして、うなる。
「ど……っちも嫌だ、と言っている場合ではない、よな。ううん、フランツは僕の事を『兄様』と呼んでいるから、『お姉ちゃん』だとあまりになじみがないな。でも、妹扱いよりは姉扱いの方がマシかも……?」
「それなら、『姉様』でいいだろ。アルバート……、ああいや、姉様は、あまりに品が良すぎる。ちょいと良いとこの子というのはどうしたってわかる。姉様、がしっくりくると思うぜ」
「ふふ、それ良いわねガーくん。お嬢様気分だわ。アル……じゃなかった、姉様の方が、わたしよりちょっぴり背が高いし。うん、姉様ね!」
「ああっ、悩んでいるうちに決まってしまった……! でも、まあ、仕方ないよね。それでよろしく頼むよ、ルルちゃん、ガーくん」
ガーくんとわたしで勝手に決めてしまったら、アルバートくんはちょっとがっくりしていた。でも、納得もしてくれたようなので。
ここからは、アルバートくんは【姉様】だ。
凛々しくて上品な美少女の、本当は男の子な姉様。なんか良いわ。すごく良い。
わたしの本当のお姉ちゃんたちだって、みんな自慢の大好きなお姉ちゃんたちだ。けれど、こういうお姉ちゃんも欲しかった。大好きになっちゃう。
手を繋いで、しばらくそんな話をして。
すこし、アルバートくんの緊張も解けたようだ。
ほっとしたわたしは、自分の手とアルバートくんの手をいっしょにぶんぶんと振りながら、大きな声で歌いだす。
「さあ笑って歌って歩きだそう♪きっとあの子もやってくる♪つられて森から踊りでる♪」
「る、ルルちゃん? いきなりどうしたの? あの子って……?」
「あー、あんま気にするな、姉様。この歌は魔法とかじゃなくて、ただの歌だ。ここらの森の獣たちは、万能の魔女様を恐れている。なので、人の声が聞こえると、一目散に逃げて行く。で、森を歩く時は歌でも歌おうという時の、特に意味のない歌さ」
アルバートくんに聞かれたけど、わたしは歌うのに忙しくて、答えられなかった。
ガーくんが、代わりに説明してくれている。
けれど、ちょっと間違っているわ。
わたしは一度歌をやめて、ガーくんに言ってやる。
「んもう、ガーくん、意味のない歌なんかじゃないわ。この歌は、ラッキーをもたらす妖精さんに呼びかける歌だって、おばあちゃん教えてくれたのよ。この歌を歌っていれば、森で嫌な目にあうことはないの。そして、何かいいことがいつもあるのよ!」
「いやだからそれは、獣が人の声から逃げて行くのと、ルルの運が良いのは元々で……。いや、まあ、良いか。信じていれば、本当にそうなるかもしれん。そうだな、姉様もいっしょに歌うといい」
ガーくんは、呆れたようにため息をついたけれど、すぐに思いなおしたらしい。
アルバートくんにむかってそんな風にうながした。
「わあ、いいわね! 姉様、いっしょに歌いましょう! そしたら、女神の息吹だって見つかるかもしれないわ! どうせなら、ガーくんもいっしょに!」
「いやほらボク様は道を間違えるといけないし周りの警戒もしておきたいしちょっと飛ぶのに集中させて欲しいっていうかほら」
「え、え、ええ……?」
ガーくんはなんかごちゃごちゃ言っているし、アルバートくんは困っている。
もう、二人ともノリが悪いわ!
二人を待たずに、わたしは歌いだしてしまう。
簡単で短い歌だ。森を抜けるまで、何回も繰り返し歌うことになる。アルバートくんも、すぐに覚えるだろう。
そしたらたぶん、そのうち、混ざってくれるだろう。
「さあ笑って歌って歩きだそう♪」
「……あ、るきだそう♪」
少し遅れて、アルバートくんがまざってくれた。
いかにも自信がなさげな小さな声で、音程もあんまり合っていなかったけれど。
楽しい気持ちになってきたわたしは、振っていた手を、さらに大きく。
兵士さんの行進みたいにざっざと大きな動きで、歩いて行く。アルバートくんといっしょに。
そうするうちに、段々、アルバートくんの声も大きくなってきた。
ガーくんは、ちっとも混ざってくれないけれど。でも、それもガーくんらしいわ。
ああ、楽しい。
きっと、楽しい旅になるわ。
そして絶対に、この旅のおしまいには、全部どうにかなる。なんとかなる。
ガーくん、わたし、アルバートくん。わたしたち三人なら、きっとなんとかできる!
ハッピーエンドにむかって、一直線に進める!
そんな気持ちになってきた。
アルバートくんも、そう思ってくれたらいいな。
そこで彼の顔をちらりと見たら、すっかり明るい表情になっていた彼が、わたしと目が合い、ふわりとやわらかく微笑んだ。
うーん、美少女! ……なんて言ったらまたへこんじゃうだろうから、声には出さなかったけれど。
そう叫びたくなるくらい、アルバートくんの笑顔はステキだった。
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