第12話

 さて、アルバートくんにどんな変装をしてもらおうか、といっても。

 このうちには、わたしとおばあちゃんの服しかないのだ。ガーくんは一応男の子なのだけれど、服なんて着ない。

 そして、今ここにいないおばあちゃんの服を勝手に貸し出すわけにはいかないだろう。サイズだって合わないし。

 なので、仕方ないったら仕方ないのだ……!


「これは! これはさすがにないっ! どう考えたって無理がある!」

「大丈夫だよアルバートくんなら絶対ににあうから! 無理なんかじゃないよ! ……とにかく、一回見せて!」


 ぎゃーぎゃーわーわーとさわぐ、アルバートくんとわたし。

 なぜこんなことになっているかというと、アルバートくんに、着てもらったのだ。

 わたしの、お気に入りだけど、食事をするのにも外を駆け回るのにも緊張しちゃうようでしまい込んであったお洋服を。

 夏の始まりの空みたいな爽やかなスカイブルーの、そでとすそがたっぷりの白いレースで飾られた、お姫様みたいなひざ下丈のワンピースを!

 だって、絶対アルバートくんに似合うと思ったんだもの!!


 いやいやなんでだとアルバートくんがさわいでいるので、もう少し前の部分から説明しよう。

 まず、わたしは、おばあちゃんの魔法によってそれはもう万全にまもられている。

 ガーくんだって本来はすごく強い生き物なので、ピンチの時には自分でなんとかできる。

 となれば、旅に出るにあたって心配になるのは、アルバートくんの身の安全だ。

 わたしの服には、全部、おばあちゃんがまもりの魔法をかけてくれている。

 だから、アルバートくんもわたしの服を着れば、きっと少しは安心のはず。

 そういうわけで、アルバートくんには変そうがてらわたしの服を着てもらうことになった。

 ここまでは、アルバートくんも納得してくれていた。


 そこでわたしが、どれを着てもらおうかしら……、とクローゼットを漁っていて、この服が目に入って、もう、絶対これしかない! と思ってしまったのだ。

 そうして、アルバートくんに着替えてもらったのに、彼は脱衣所のカーテンの向こうから出てこなくなった。

 そんな彼と彼をどうにかこっちに引っ張り出そうとするわたしとで、大騒ぎしているのが今だ。


「んもー。うるさいよ、アルバートも、ルルも。アルバートのもとの服だって、けっこうひらひらキラキラしてたじゃないか。ひだ飾りとか、宝石とかついていて。脚だってもっと出ていたし。すその形がちょっと違うくらいで、そんなに騒ぐなよ」

「そんな、いやそうかもしれないが……! そのすその形というのが、人間にとってはとても大切なんだ! スカートというのがこんなにすーすーして落ち着かない物だとは、僕も着てみるまでわからなかった!!」

「はいはい。じゃあ別の服を出してもらいなよ。それにはまずそいつを着ている姿を見せて、ルルを満足させて黙らせろ」


 ガーくんは、スイっとカーテンの下から脱衣所の向こうに飛んで入って、そして実に雑な感じにアルバートくんの背中を押し、彼を脱衣所から追い出した。

 つんのめった彼は、無理に引っ張ってはカーテンを破いてしまうと思ったのだろう。

 カーテンから手を離し、ト、トトンと三歩ほど出てきたところでようやく止まる。


「あっ、ちょっ。うっ、ううう……!」

「うわあ! 似合う! かわいい! すっごくかわいい!! やっぱり思った通り、アルバートくんってば最高にかわいいわ! その服、わたしより似合ってるんじゃない!?」


 アルバートくんの姿が見えたとたん、わたしは叫んでしまった。

 黒い髪に白い肌に赤い唇、髪と同じくつややかに黒いばっさばさのまつ毛に縁どられた大きな群青色の瞳。

 うっとりしてしまうほど、世界で一番美しいかもしれないと思う程、キレイな子。

 アルバートくんは男の子だけれど、男くさくはない。ただただキレイなのだ。

 そんなアルバートくんがこんなにかわいい服なんて着たら、本当にお姫様みたいだ。いや、本当は王子様なんだけれども。

 しかも、恥ずかしがって頬をピンク色に染めて(肌がすごく白いから、赤面してもなんかキレイ!)、ほんのり涙目。かわいいったらない。


「嬉しくない。ルルちゃんはほめてるつもりなんだろうけど、ちっとも嬉しくない……!」


 わたしがあまりにほめたせいか、熱心に見つめたせいか、アルバートくんはとうとうぽろりと涙をこぼした。

 それすらもあまりに美しくて絵になる、……なんて言っている場合じゃない!

 焦ったわたしは、すぐに頭を下げて、なんとかはげまそうとする。


「ご、ごめんなさいっ! ふざけすぎたわ。けど、でもほら、それだけ自然に着こなせていたら、だれもあなたが王子様だって気が付かないわよ?」

「そう、かもだけど……。僕のせいで危険があって、面倒もかけているのに、手段を選んでいる場合じゃないけど。でもさすがに、さすがにコレは、かんべんして欲しい……!」

「そう、そうよね。うん、この服はあまりにかわいすぎたわね。街か村に行けば馬車があるだろうけど、それまではどうしたって森を通るのに、動きづらいだろうし」

「そうさ。恥ずかしすぎるし、落ち着かないし、スカートをはいての歩き方だってわからないのだから! これは、ない!! ……ねえルルちゃん、君の服の中にも、ズボンの一着くらいはあるのではないかな?」


 すんすんと泣きながら問われて、わたしはスーっと目をそらした。

 あるかないかでいえば、ある。

 一応、ここらの国では女性の服はスカートが一般的なのだ。ただ、乗馬とか農作業とか趣味でとかそれこそ旅とかのために、ズボンをはいている女性もけっこういる。

 よってわたしも、かぼちゃ型の半ズボンや、頑丈な素材の長ズボンなんかも持っている。

 わたしが今着ている服だって、キュロットスカートにタイツを合わせた物だ。今日は、大きいモードのガーくんに乗って山に行ったので。

 これだって、ひらひらのワンピースよりはまだ着やすいだろう。


「いやでもほら、それじゃ変装にならないじゃない? アルバートくんのもとの服と、思いっきり違う格好にしなきゃって思って、それで……」


 なんとか、言いわけをひねりだしてはみたけれど。

 アルバートくんは、わたしの本音なんかわかりきっているらしく、厳しい視線でわたしをにらんでいる。

 はい。アルバートくんに似合いそうだな着せてみたいな見てみたいなってだけで選びました。

 なんなら、それこそ本当にお姫様みたいな、一人じゃ着られないし動きづらいようなゴージャスなドレスを着て欲しかった。このうちにはなかったからあきらめたけど。


「ルルちゃん、それにしたって、さすがにこの格好で外に出るのは、無理だからね」

「はい、ごめんなさい」


 アルバートくんはピシリと言い切って、わたしは素直に謝った。

 仕方ない。普通にズボンを貸そう。

 でも、普通に男の子にも見える服を着たのでは、あまり変そうにならない。

 いかにも王子なヒラヒラキラキラな服ではなくなるけど、たぶんあまり意味はない。

 うーん、どうしようかな。


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