第11話

「でも……、万能の魔女様は、今は遠いところにいるんだろう?」


 でも、の続きを、アルバートくんは震える声でささやいた。

 はて。遠い、のだろうか。

 空を飛んで行ったおばあちゃんは、途中の街で一泊して、明日にはみやこに着く予定と聞いている。

 大きい状態のガーくんなら、たぶん同じくらいのことはできる。でも、ガーくんは小さくなってしまったので、空を飛んで行くことはできない。

 とすると、どのくらい……?

 さっぱりわからなかったわたしは、チラリとガーくんに視線を送った。

 ガーくんは仕方なさそうに一つため息を吐いてから、口を開く。


「子どもの足での歩きなら、一〇日から二週間くらいはかかるだろうな。馬車が使えて順調に行って、三日から五日くらいってところか? アルバートを変そうさせるなりして、どうにかどこかで馬車に乗る方法を考えた方が良い」

「ほら、やはり遠いよ! しかも、僕のせいで迷惑をかけてしまう。協力してくれるというなら、魔女様への手紙でも書いて持たせてくれるのだって十分だ。君たちは、安全なこの家に残るべきだ!」


 アルバートくんはなんだか必死な様子でそう言った。けれども。


「えっと、アルバートくん。もしかしてなんだけど、わたしたちの身の安全の心配をしてくれてる、の……?」


 わたしがそっと尋ねると、アルバートくんは真剣な表情でうなずく。


「当然さ。道々には、獣も出るだろうし、悪い人だって潜んでいるかもしれない。ここまで隠して連れて来てもらって、ガーくんも小さくなってしまっている。危ないだろう?」

「あははははっ! 危ない! ルルが!? ありえない心配をするなぁ、アルバートは! あはははははははっ!」

「ガーくん、笑い過ぎだってぇ……。アルバートくんは心配してくれたんだから、笑うことじゃないよぉ……」


 ガーくんがひっくりかえる勢いで笑いだしてしまったので、わたしはやんわりと注意をした。


「そうだけどさぁ! あまりにも的外れで、笑わずにはいられないって! ルルだぜ? 万能の魔女様にべろんべろんに溺愛されて、あらゆる魔法の護りがこれでもかっ! とかけられている、ルルだぜ?」

「うん、まあ、そういうことなんだよ、アルバートくん。わたし、おばあちゃんにものすごく過保護にまもりの魔法をかけてもらってるから、すんごい頑丈だと思ってもらって大丈夫。何が出ても平気」

「そ、そう、なのかい……?」


 ガーくんとわたしから説明を受けても、アルバートくんは戸惑った様子だ。

 ガーくんとわたしは、説明を続ける。


「そうそう。ルルなら、月の向こうまで蹴り飛ばしたって、マグマの中に叩き込んだって、海の底に沈めたって、なんでもなかったみたいに帰ってくるぞ。髪の毛先のほんのわずかまで、本当になにもなかったような状態で、だ」

「そうなの。だから、もしなにか危なそうな感じになったら、わたしを盾にしてくれて良いよ。わたしは、絶対にどうにもならないから」

「いやルルちゃん、それはさすがに……」

「まあとにかく、ルルの事なんて心配したってムダでしかないってこと。正直ボク様だって、元の姿ならともかく今の状態なら、ルルの背中に隠れておきたいくらいだ。……情けないことに」

「ガーくんは、その姿だって頼りになるわよ! わたし、みやこまでの道すらよくわかってないわよ? 助けてほしいわ!」


 ガーくんがしょんぼりしてしまったので、わたしはすぐにはげました。

 そろりとこちらを見上げてきたガーくんは、ええ何もわかってませんとも! と開き直ったわたしの顔を見て、ふふんと笑う。


「しょ、しょうがないなあルルは! まあ、ボク様は、この姿でも賢くて知識が深く方向感覚にも優れていて有能で優秀だからなー! ついて行ってやらなきゃなー!」

「ありがとうガーくん! 頼りにしてるわ!」


 いや、お世辞とかじゃなくて、本当に。

 ガーくんってけっこう物知りだし、道に迷わないし、色々しっかりしているし、実に頼りになる相棒なのだ。

 というか、もしガーくんを連れずにどこかに行ったら、家族みんなにめちゃくちゃ心配されるだろうし、後でものすっごく怒られるだろう。いくら魔女とはいえ、さすがに。


「うーん、むしろアルバートくんが、このうちで待ってるとかどう? 割と安全だと思うよ、ここ」

「いやルル、ほぼ知らない人の家に一人で置いて行かれたって不安になるし困るだろ……。さっきの兵士たちだって、この家の辺りまで探しに来るかもしれないし」

「その……、足手まといにはならないよう努力するので、できれば僕も連れて行ってくれると、助かる」


 わたしの提案に、ガーくんは呆れ、アルバートくんはやんわりと嫌だと伝えてきた。

 よく考えれば、そりゃそうだ。

 アルバートくんは、人のうちで好き勝手できるような子ではなさそうだもの。兵士に見つかるかもというのもあって、物音一つたてないように、ひたすらじっとしていそう。置いて行くわけにいかない。


「じゃあ、まあ、やっぱり、この三人みんなでおばあちゃんのいるみやこを目指しましょう! となると、さっきガーくんが言っていた通り、アルバートくんには変そうをしてもらった方が良いわね! そのいかにも王子様な服は、どう見たって目立つし!」


 わたしはそうまとめた。

 アルバートくんは、グッと泣きそうな顔になって、頭を下げる。


「そう……、だよな。ルルちゃんとガーくんには、なにからなにまで、手間をかける。すまない」

「んー、アルバートくん、そうじゃないよ。ほら、そこらの子どもだったらなんて言うんだっけ?」

「……ごめん! ありがとう!」

「そう! ついでに言うと、ごめんはなくても良かった!」


 どこか吹っ切れたように笑ってくれたアルバートくんに、わたしもニコッと笑って返した。

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