第9話

「ええと、わたしとガーくんは、そんな感じ。それで、その……、アルバートくんは? 白雪の女王様の息子で王子様……、ってことであってる?」

「ああ。そして、先ほど僕を追っていたのは、国の兵士だ。僕は、あちらの国から逃げて来た。というのも……、その……、信じてもらえるか難しい話なのだが……」


 わたしがそっと尋ねると、アルバートくんは暗い表情でうなずいた。

 それから、視線を床に落として言いよどんでいる。


「信じるか信じないかは、聞いた後でボク様たちが決める。とりあえず話してみなよ」

「ガーくん、そんな突き放すみたいな言い方は……!」

「いや、良いよルルちゃん。僕らは今日初めてあったのだし。信じられないのが普通だ」


 ガーくんのあんまりな言い方に、わたしは注意をしようとした。

 けれどアルバートくんは、逆にわたしを止めた。

 それから一度深呼吸をして、彼は言う。


「その……、今あの国で白雪女王を名乗っているのは、ニセモノなんだ。僕のお母様じゃない。たぶん、悪い魔女なのだと思う。うちの国には真実を告げる鏡があって、それで正体を暴いてやろうとしたのだけど、鏡を割られてしまって……」

「魔法の鏡の話は、わたしも知っているわ。おばあちゃんなら、直せると思う。ああいう魔法の力のこもった道具を作るのも直すのも、おばあちゃん大得意だから」

「だね。それより、ボク様が気になったのは、なんでニセモノだと思ったんだい? ってとこだね」

「ええと、まず、本物のお母様は、少し前から体調が悪かったんだ。吐き気がするとか、立ち眩みがあるとか。そして、やたらニオイにうるさくなってた。それで僕は、フランツ……、弟がお母様のお腹にいたときとよく似ていると思っていたんだ」


 ガーくんにきかれたアルバートくんは、ゆっくりと答えていく。

 たぶん、思い出しながら考えながら話しているのだろう。


「お母様に聞いたら、そうかもしれないって言ってた。ただ、お父様とフランツにはちゃんとお医者様に診てもらってから話す。まだ僕とお母様だけの秘密にしてとも。なのに、ある日急にクラクラするほどにおう香水をつけだして、なにか変だなと……」


 アルバートくんは、ぎゅっと拳を握った。

 変だと気が付いてしまった時の怖さを、思い出しているのかもしれない。握られた拳は震え、彼の顔色は悪い。


「それで、僕はお母様の姿の女をよく見た。そしたら、笑い方とか表情がお母様らしくないし、言ってることもおかしい。食事もそんなに食べられなかったはずなのに、急にバクバク食べてた。その食べ方だって、全然女王らしくない! すごく下品なんだ!」


 バッと顔をあげて、急に大きな声で。

 アルバートくんは叫んだ。

 それから、がっかりしたように力を抜いて、続ける。


「それなのに城のみんなは、気が付きもしないみたいだった。それどころか、みんなどんどんあの女にうっとりしていって……。あの女が言えば、どんな変な事だって全部言う事を聞いてしまうんだ。僕も、あの女の、あの変な香水のにおいをかぐと、そうなりそうだった」

「魅了、あるいは洗脳の力のこもった香水というのは、確かにあるな。悪い魔女がよく使う手だ。それに対抗するには気付けと浄化が必要になる。【女神の息吹】という薬草から作った薬が、効くはずだ」


 ガーくんは、わたしより薬や薬草にくわしい。

 ガーくんの説明を聞いたアルバートくんは、ホッとしたように息を吐く。


「【女神の息吹】……。もしかして、それを手に入れることができれば、城のみんなは元に戻ってくれる……?」

「きっと戻せるわ! ……ただ、【女神の息吹】って、すっごく珍しかったはず。少なくとも、わたしは見たことがないの。この家と、この近くにはないんじゃないかしら」

「ああ。もっと人里に近いところにしか生えないだろうな。あれは、呪いのばらまかれた場所の近くに、これでどうにかしろとばかりに生える物だ。まるで、心優しい女神サマが、人をかわいそうに思って助けようとしているみたいに」


 へえ、そうなんだ。

 ガーくんが教えてくれたことにわたしが感心していると、アルバートくんが首をかしげる。


「けれど、それじゃあ、見つけるのはかなり難しい、よね? 呪いなんて、そうそうある事じゃないだろう?」

「あ、そう思うよね。でもね、誰かとケンカしたりして、『あんなやつ、なにか痛い目を見れば良いのに!』なんて願うのだって、軽い呪いなんだって。人がいっぱい暮らしている所って、そういうちっちゃな呪いの残りカスみたいなのがたまりやすいらしいの」

「そうだ。で、魔女、特に未熟な魔女はそういうのにあてられて気分が悪くなることがある。だから魔女は、人の群れから離れて暮らす。これは、ボク様たちのような力あるケモノも似たようなものだね」


 わたし、それから続いてガーくんが答えた。

 そこでぐっと眉間にしわをよせて、難しそうな表情になって、ガーくんはため息を吐く。


「とはいえ、万能の魔女様も、片手で数える程しか見つけたことはないそうだからな。世界中を飛び回ったことのあるあの方でそれだ。事実、かなり見つけづらい薬草ではあるのだろう」

「で、でも、この辺だと『絶対ない』のが、街の近くなら『もしかしたらあるかもしれない』にはなる、のでしょう?」

「まあ、そうだな。人が集まる場所には、どうしたって呪いがたまっているはずだ。だから、見つかる可能性はグッと上がる。……はずだ。たぶん」


 わたしは、なんとかフォローしようとした。ガーくんも一応は認めてくれたけど、なんだか不安になるような付け足しもあった。

 アルバートくんは、うつむいてしまっている。


「だ、大丈夫よ! おばあちゃんなら薬草なんてなくても、きっとどうにかできるわ! それに……、そうだ! あのねアルバートくん、わたしの家族が、ここから少し離れた大きな街にも住んでいるの。パパとママなら知り合いも多いし……」

「だ、ダメだ! 僕のことは、大人には言わないでくれ!」


 街に行ってパパとママにお願いすれば、薬草が見つかるかもしれない。おばあちゃんへの連絡を頼むとかもできるし、他にもなにかと手助けしてもらえるだろう。

 わたしはそう伝えてはげますつもりだったけれど、顔を真っ青にしたアルバートくんの叫び声でかき消された。

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