第7話
国の境があるのだし、もしやこのまま誰もこっちには来ないのではないか。なんて思い始めた頃に、わたしにも、その足音が聞こえてきた。
ザッザッザッと、かなり大きな、けっこうな人数がいそうな集団の足音。
なるほど。これはガーくんが警戒するはずだ。
顔を真っ青にして縮こまった男の子の背中を、わたしは『大丈夫だよ』の気持ちを込めてさする。
そうして二人息をひそめているうちに、いよいよ、やって来た。
「うわっ、ペガサス!?」
「なんでこんなところに……」
「どうしますか?」
「どうするったって、全員でかかったって勝てっこないだろ。あんなの」
「あれほど立派な体格のペガサスは、私も初めてみます」
ドカドカとやって来た、たぶん一〇人くらいいるかなという男の人たちの集団は、お揃いの襟がつまった黒い服を着ている。
兵士さん……、みたいな……? うちの国で普段見る制服じゃないから、彼らが今来た方角、白雪の女王様の国の兵士さんかもしれない。
兵士さんらしき人々は、ガーくんを怖がっているらしく、歩みを止め、少し離れたところでざわざわしている。
ガーくんって、というか、ペガサスって、そんなに強い生き物なんだ。
わたしからは背中からしか見えないガーくんが、得意げな顔をしているのなんて、見なくてもわかる。
「落ち着け。ペガサスはとても賢く、こちらからなにかしなければ人を無闇に攻撃することはないはずだ」
「それなら、そっと横を通らせてもらいますか?」
「やめろ! ナワバリに立ち入るのだって、なにかするの範囲だ。蹴り飛ばされるぞ」
ちょっと立派な飾りのついた服の人と、いかにも下っ端みたいな若い人が、そんな会話を交わした。
そこで、ガーくんが一歩前に出て、大きく声をはりあげる。
「ここらは、万能の魔女様の土地だ! お前らは、誰の許可でここに入ろうとしているのか!!」
「それは、失礼しました。あなた様は、かの魔女様と縁あるペガサスであられたのですね」
すぐに、ちょっと立派な飾りのついた服の人が頭を下げた。
ガーくんは、いかにも怒っているぞという声で、それに答える。
「だったらどうした。万能の魔女様の許可なくここに立ち入るモノは、誰であろうとゆるしはしない!」
いやあ、普通に通るだけならおばあちゃん全然気にしないと思うけど。
特に柵とか看板とか立ててもいないし。
まあでも、そういうことにしておいて、この人たちを追い返そうという作戦なのだろう。きっと。
「ど、どうしますか?」
「あのペガサスをどうにかできるとも思えない。仮にできたところで、あの伝説の魔女様を怒らせることになる。へたすれば、うちの国が無くなるぞ」
「あの、誰であろうと、ということは、アルバート王子もここには来ていないのでは?」
「ああ。ここまで来たら身を隠すところなんてないが、途中には分かれ道も身を隠せそうな木もあったな……。あのどこかに隠れていらっしゃるのかもしれん」
ざわざわと、兵士さんらしき人々が話し合っている。
するとそこに、ガーくんが、とってもイライラしています! といった感じに、ひづめを地面に打ち付け始めた。
えぐれていく地面を見て、こわくなったのだろう。あちらのみんなの顔色が、悪くなった。
「ペガサス様、お騒がせしました。我々はすぐに立ち去ります。だからどうか、その怒りをしずめてくださいませ」
ちょっと立派な飾りのついた服の人がそう結論を出し、頭を下げた。
それから他の人たちに指示を出して、自分が一番後ろになって、山のてっぺんの向こう側に戻っていく。
ところがその時。一人、こちらに戻って来ようとする人が出てしまう。
「あ、あの、一一歳の男の子を探しているのです! 真っ黒な髪に真っ白な肌、真っ赤な唇をした白雪王子、アルバート様を!」
「おいやめろ!」
「聞くだけでも聞いておいた方が良いじゃないですか! 言葉が通じるのですし!」
「白とか黒とか赤とかって言っても、馬の目に色の見分けはつくのだっけ?」
ぽつり、呟いたのはどの人だったのか。
「キサマ! 今ボク様を馬と言ったか! この高貴なるペガサスを、馬と言ったか!?」
ダカダカダカッと地面を蹴って、ガーくんは兵士さんらしき人々に詰め寄った。
「ひっひぇええ! もうしわけありません! もうしわけありませんっ!!」
「馬鹿野郎! あのとても立派な翼を見ろ! 全然馬なんかじゃないだろうがっ!! どちらかといえば天使様の仲間とかそういう感じだろ!?」
さっきの馬発言をしたらしい人が頭を下げて、その隣の人が馬発言の人の腰のあたりを叩いた。
いや、ガーくん普通に馬だよ。そりゃ立派な翼はついているけど。しゃべるし、長生きらしいし、食べられる物も普通の馬より多いそうなのだけど。
でも結局馬の部分がほとんどなわけで。ほぼ馬。
わたしがガーくんのことを馬扱いしても、ガーくん別に怒らないし。
天使様の仲間とか言わないで欲しい。
あんまりほめられると、ガーくんが怒ったフリを続けられなくなるだろうから。
「白雪王子など知らない! さっさと出ていけ、失礼なやつらめ! もうおまえらの顔を見るだけで腹が立つ! 出ていけ! 出ていけ! 万能の魔女様の土地から、出ていけっ!!」
なんとか、にやけるのをガマンできたらしい。
ガーくんはそう叫んで、兵士さんらしき人々を追いまわした。
兵士さんらしき人々はひえーとかひょえーとか情けない声をあげながら、山のてっぺんの向こうに消えていく。
ガーくんは山のてっぺんに立って、しばらくあちらをにらんでいた。
そして、十分な距離がとれたのだろう。
くるりとこちらに向き直って、ゆったりパカパカと歩いて、戻って来る。
トタン、パカン、トトン。
ガーくんが四本の脚で独特のステップを踏むと、光の壁が、ほどけて消えた。
目隠しの魔法は、もういらないらしい。
「ありがとうガーくん。こわかったぁー……」
それでも、まだなんとなく小声で。
わたしはガーくんにお礼を言った。
わたしの隣の男の子、王子様みたいに綺麗なというか本当に白雪王子でアルバートという名前だったらしい子も、深々と頭を下げる。
「かばっていただき、ありがとうございました、ガー? 様?」
「あー、いいよガーくんで。ガーに様なんてくっつけたらなんか間抜けだろ。本当は、かっこいいボク様に相応しいかっこいい名があるんだけどね。それを知って良いのは、ルルだけだから」
「うん、わたしは知ってる。ガーくんはわたしの使い魔だから。でも、他の人に知られちゃいけないからって、わたしもガーくんのことはガーくんとしか呼んじゃいけないんだって。……実はそのせいで忘れちゃいそうなのよ、ガーくんの本名」
「おいルル……」
わたしがこそっと打ち明けると、ガーくんはものすごーく呆れたようにわたしを見下した。
「ふふっ。お二方は、仲が良いのですね」
アルバートくんがお上品に笑った。
わたしは、満面の笑みでうなずく。
「うん! わたしたち、とっても仲良しなの!」
「そ、そんなこと! ……ない、とは言わないけどさぁ。そんなこと言って恥ずかしくないの、ルル」
ガーくんは呆れたような顔をしているけど、わたしは意味がわからなくて、ことりと首をかしげる。
「別に、恥ずかしがることじゃなくない? あ、それよりアルバートくん、って呼んで良いかな? ですとかますとか使わなくて良いよ。わたしたち、同じ年くらいじゃない?」
「ボク様にもいらないよ。というか、敬語がしっかり使える子どもなんて、明らかに育ちが良いとわかってしまう。『王子様? そういう感じの子をさっき見ましたよ!』なんてあっちこっちで言われたくないだろ? もっと雑な言葉を使いなよ」
ガーくんがわたしに続いてそう付け足すと、わたしの『呼んで良いかな?』のところでうんうんとうなずいていたアルバートくんは、ハッとした表情に変わる。
「ああ、そうですね……。いや、そうだな。世話になっている身ですまないが、ここからは、くだけた言葉で話させてもらう」
「いやいやまだカタいって。アルバートくん、それ、あんまり普通の子どもっぽくないよ」
「うん、あんまりくだけられてないねぇ。あとなんだ、キミって動きもいちいちなんか上品なんだよな」
「そうか……。その、努力はする」
わたしとガーくんのツッコミに、アルバートくんはやっぱり真面目な表情で堅苦しく答えた。
いや、さっそくできてないし!
わたしとガーくんは、目と目を見合わせて笑った。
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