第6話

 何かってなに!? やっぱりそう聞きたかったけれど、ガーくんはひどく真剣だ。だから、わたしは黙ってこくこくとうなずいて、しき物にあがりぎゅっと三角座りをした。

 しき物の上にクツ、というのは、とってもおぎょうぎが悪いのだけれど。

 どうもキンキュージタイ? というやつ? みたいなので。しょうがないってことで。

 わたしがだれにしているのかわからない言いわけをしているうちに、ガーくんはしき物のまわりをぐるっと回り、しき物の四すみを右前脚のひづめでガツンガツンガツンガツン! と踏みしめた。

 すると、しき物の四面にパァと光の壁があらわれて、囲まれる。

 たぶん、ガーくんが今使ったのは、目隠しの魔法だ。

 このしき物と、その上のわたし、ついでにお弁当のバスケットと荷物の全部が、この光の壁の外からは見えなくなっている、はず。


 ガーくんは、山のてっぺんの方をにらみながら、慎重な足取りで、しき物から離れた。


 何かってなに?

 来るっていつ?

 山のてっぺんの向こうから来るなら、それは白雪の女王様の国から来る人? 動物? もしや悪い天気とか……? いや、悪い天気なら、わたしを見えなくしたって意味がない。

 いったいなんだろう……。


 不安でドキドキしながら、じっと黙って、ぎゅっと膝を抱えて、それで、何分かたったかな、という頃。

 ふらふらと山のてっぺんのむこうから現れたのは、一つの小さな人影だった。

 背も年も、ちょうど、わたしと同じくらいかもしれない。まだ子どもに見える。

 ズボンをはいているみたいだから、男の子かな。

 それで、すっごいふらふらしている。ずっと走ってきたのかな。

 その子はこちらに降りてくるのに走っているのだけど、山でくだりでしかもそんなにふらふらしていては、転んでしまうのでは。

 そう、心配しているうちに。


「ああっ、転んだ!!」


 男の子(?)はやっぱり転んで、しかも転んだ勢いでズザザザザー! と山の斜面を滑り落ちてきた。

 痛そう! 助けなきゃ! そう思ったわたしは、すぐに駆けだした。


「おいルル、そこから出るな! 引っ込んでろこのバカっ!」

「バカバカうるさいよガーくん!」


 ガーくんは怒っているけど、こんなのほうってなんかおけない!


「あなた、大丈夫!?」


 走り寄りながら倒れている子に駆け寄った。

 わたしが起き上がるのを助ける前に、その子は自分で顔をあげて、両手で地面に踏ん張って立ち上がる。


「た、すけ、て。おい、おいかけられ、てるんだ……!」


 やっぱりわたしと同い年くらいの、王子様みたいに綺麗な男の子だった。真っ黒な髪に、雪みたいに白い肌、リンゴみたいに赤い唇の、すごく綺麗な男の子。

 彼は泣きそうな顔で、ぜーひゅーぜーひゅーと息を切らしながら、そう言った。あがりきった息の合間に、絞り出すように。


「わかった。助ける。こっちに来て!」

「おいルル、何を勝手な事を……!」


 わたしはすぐにそうこたえて、男の子の手を引いて走り出す。

 ガーくんがなにか言ってるけど、そんなのは無視だ。

 やっぱり目隠しの魔法だった。

 外からはなにも見えなくなっているしき物に向かって、急いで戻る。男の子といっしょに。


 この子は、どれほど走ってきたのか。もしかしたら泣きそうじゃなくて泣いているのかもしれない。けど涙なんて流れていたってわからないくらい、べっとりと汗をかいている。

 さっき転んだせいで半ズボンから出ている膝は両方とも血が出てしまっているし、わたしとつないだ手にも、砂利が付いている。手も怪我をしていそう。

 こんなの、ほうっておけるわけない。

 それに、助けてって言われたんだもの。助けるって言ったんだもの。


「わっ!?」


 確かこの辺だったはず、で飛び込んだしき物の上、目隠しの魔法の中。

 何も見えてなかったし知らなかったし気づいていなかったらしい男の子は、驚きの声を上げた。


「ごめんっ」


 苦しそうに謝って、どうもクツのことを気にしているような動きをしているその子に、落ち着くよう言う。


「無理に喋らないで。クツも、キンキュージタイ? だから、良いってことで。ここは、外から見えないの。黙っていれば、見つからないはず」

「ルルたちが黙っていて、ボク様がまもってやれば、だ! 見えなくしているだけだから、騒いだり触られたりしたらオシマイだからなっ!!」


 外から、ガーくんの注意が聞こえた。

 ガーくん、さっきちょっと怒っていたけど、この子もいっしょにまもってくれることにしたみたい。

 ガーくんは、なんだかんだ優しいし面倒見が良い。


「ありがとうガーくん! さっすが、頼りになるぅ! かっこいいー!」

「もうっ、しょうがないなぁルルは! 頼りになってかっこいいボク様に任せな、子どもたち!」


 テキトーにほめれば、ガーくんは気分良さそうに引き受けてくれた。ありがたい。

 さて、すっかりへとへとらしく座りこんだ男の子をどうにかしなきゃ。


『精霊さん♪精霊さん♪キレイな水の、精霊さん♪力をかして、くださいな♪お水をわけて、くださいな♪』


 本当は、声に出した方が良いのだけれど。

 今は声を出したらダメなので。

 頭の中でそう歌ったら、わたしの手のひらくらいの大きさの水の球が、いくつか空中にあらわれた。

 このくらいの魔法なら、なんとかわたしにも使える。

 おばあちゃんが前にお願いして、わたしについてくれているらしい、精霊さんの力を借りてだけど。


「え。ま、ほう……? あ、君は……」

「そう、魔女よ。それより黙って。追いかけられているんでしょう?」


 男の子は、わたしの髪がようやく目に入ったらしい。

 ぽつりとつぶやいたその子に、わたしは素早く注意した。

 彼は、ハッとした表情になって黙る。

 わたしはそれにうんうんとうなずいてから、精霊さんにお願いして、水の球を動かしていく。

 ええと、まず膝かな。右、左、それから手のひらも。順々に水の球を換えながら洗っていくと、男の子はぎゅっと痛そうに目をつぶったけれど、声はあげずにいてくれた。

 転び方の割に、それほど大きなケガにはなっていないみたい。それがわかるくらいにキレイになったところで、精霊さんにお礼を言って、水の球を消してもらう。

 家に戻れば、おばあちゃんが作った薬がある。それを塗ればすぐに治るだろう。このくらいなら、わたしが作ったのでも十分かも。


 とりあえずのケガの手当が終わったあたりで、男の子の息も落ち着いた。

 そこで荷物の中からハンカチを出してわたしてあげると、彼はぺこりと頭を下げてから、顔の汗をぬぐいだした。

 この子を追ってくる人とやらは、まだ到着しないみたいだ。

 それからわたしは、物を出したり身振り手振りをしたりで、これ飲んで良いよとかこれ食べて良いよとか示した。そうやって無言のこっそりピクニックをわたしたちが開始してしまっても、まだ来ない。けっこう離れてた?


「ずっと足音は聞こえているのに、なかなかこっちに来ないな……。いい加減にしろよ追手ども。まじめにやれ。あんまり長い時間目隠しの魔法を使っているのだって、ツライんだぞ……」


 しまいには、ガーくんがそんな文句を言っている。まあまあ落ち着いて。

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