第4話
おばあちゃんは、わたしのことを特別かわいがっている。
けれど、他の家族みんなのことだってすごく愛しているし、とても大切にしている。
おばあちゃんの旦那さんであるおじいちゃんのことも。おばあちゃんの一人息子であるわたしのパパのことも。パパと結婚したわたしのママのことも。わたしのお姉ちゃんとお兄ちゃんたちのことも。みーんな。
ただ、家族の中で魔女の才能があるのはわたしだけだったから、いっしょに住んでいるのはわたし。
この家が、魔女以外には住みづらいけど、魔女の力を高めてくれる大自然に囲まれた、正に魔女の家だから。
わたしとおばあちゃん以外の家族みんなは、仕事とか、学校とか、結婚相手とか、結婚するかもしれない相手とか、そういう色んな都合もあって、ここから離れた街に暮らしている。
そういう風にバラバラに暮らしているけれど、別に仲が悪いとかじゃない。むしろ家族みんな仲良し。
しょっちゅう行き来はしているし。
おばあちゃんなら、どこに行くのだって一っ飛びだもの。
そんなおばあちゃんが大切にしている家族の一人、わたしの一番上のお姉ちゃん。おばあちゃんにとっては初孫の、今二〇歳の立派なレディ。
そのお姉ちゃんは結婚して王様が住んでいるみやこに引っ越していて、そしてもうすぐ赤ちゃんが生まれそうなのだ。
出産って、命がけ、らしい。
そこで、どんな事があったってどうにかできるおばあちゃんが、しばらくみやこのお姉ちゃんについている事にした。
それで、しばらくこの家を留守にするというわけ。
その間わたしは、どう過ごすか。
パパとママの住む街においでとか、ママがこっちのおうちに来ようかとか、わたしもお姉ちゃんのところに行ったらとか、なんか色々言われたけれど。
魔女、特に成長途中の魔女は自然と触れ合うことでその力を伸ばすらしいし。
ママだってお仕事あるし、というかお仕事休めるならお姉ちゃんのところに行きなよって話だし。
わたしだって見習いとはいえ魔女だし。ガーくんもいるし。
わたしにもこの家にもおばあちゃんの魔法がぎっちぎちにかけられていて、危ないことになんてなりようがないし。
『ずっとだと寂しいけれど、しばらく一人暮らしなんて、なんかわくわくしちゃう! 自由だー!』っていう本音は隠して隠して、『きっと良い修行になるわ』なんて良い子っぽくいってみたりして、なんとかみんなを説得した。
明後日には一度お兄ちゃんが様子を見に来る(『その時にちゃんとできてなかったら街に連れて行くからな』と言われた)けれど、しばらくは自由!
ちょっとウキウキした気持ちを隠して、これから、おばあちゃんのお見送り。
朝の支度も終わって、おばあちゃんとガーくんといっしょに家の外に出た。
「さてそれでは、いってきます……。の前に、ガーくんを本当の姿に戻しておきましょうか」
「よろしくお願いしますよ、万能の魔女様! 力を取り戻したら、それはもうバッチリルルのことを見守りますんで!」
おばあちゃんの言葉に、ガーくんはぴょんぴょこ嬉しそうに跳ねた。
それがなんだかおもしろくないわたしは、むーっと唇を尖らせる。
「そんなろこつに嬉しそうにしないでよ、ガーくん。いつもの姿だってかわいくて良いじゃんか」
「ふんっ! 大きくて強くてかっこよくて美しい方が良いに決まってるだろ。ルルがちゃんとした魔女じゃないせいでいっつもこんなちんまくなっちゃってるんだから、悪いと思えよ!」
ううっ。悪いなとは思ってるよ!
わたしの力不足だ。わたしが悪い。
でも、それを素直に認めるのは悔しい。
とはいえ、悔しさのままに『じゃあわたしじゃなくておばあちゃんの使い魔になったら良いじゃん』なんて言って『そうだな』なんて返って来たら悲しすぎる。
ぐっと言葉に詰まってしまったわたしは、泣くのを堪えて、ただ地面を睨みつけた。
魔女と、使い魔。
使い魔というのはただのペットじゃなくて、魔女と魂で結びついた生き物だ。
魔女は使い魔に魔力をわけて、使い魔はその魔力を使って魔女のために働く。
ところが、わたしがまだ魔女として未熟なせいで、ガーくんは元々の姿すら保てない。
空を飛べる使い魔は人気だ。
それも、人を何人も乗せて空を飛んで行くこともできるペガサスなんて、どんな魔女だって欲しがる。
ガーくんは本当は、こんな未熟な魔女の使い魔になんてなってくれないような、すごい子なのだ。
ガーくんは、怪我をしておうちの前の湖に落っこちてきたところをわたしが助けた。そしたら、わたしの使い魔になってくれた。
でも、その助けたのだっておばあちゃんが作ったお薬を使ってだし、わたしが助けたって言っても良いのか……。
「あらあら、これじゃあおばあちゃん、安心してでかけられないわ。二人とも、仲直りしてちょうだい」
気まずい沈黙が続いていたところに、優しいおばあちゃんの声が響いた。
「ルルちゃん、大丈夫ですよ。ルルちゃんならすぐにガーくんを本当の姿にできるようになりますからね。それまでは、おばあちゃんにちょっと手伝わせてちょうだいな」
「そ、そう、そうよ! すぐなんだからっ! ……ごめんねガーくん。それまで、ちょっとがまんして、わたしといっしょにいて欲しい、です」
おばあちゃんにはげまされたわたしは、ぺこりと頭をさげた。
ところがガーくんは、何も言ってくれない。
「ガーくんだって、ルルちゃんのことが気に入ったからルルちゃんの使い魔になったのでしょう? あんまりルルちゃんのことをいじめないであげてちょうだい」
「……そう、ですね。悪かったよルル、ちょっと言い過ぎた。あと、主人以外にしっぽをふるような真似は、使い魔として失格だった。それも、ごめん」
おばあちゃんにやんわりと叱られたガーくんは、視線はそっぽを向いたままだったけど、ぼそぼそと謝ってきた。
黙っていたのは、まだわたしに怒っていたとかじゃなくて、言い過ぎたかもって、きまずく思ってたから、ってことだよ、ね?
「はい、それじゃあ仲直り、ね」
おばあちゃんはそう言って、トンと軽く私の背中を押す。
「うんっ! 仲直りだね、ガーくん!」
「はいはい。仲直り、だな、ルル」
それで、わたしが駆け寄りながらパッとと広げた両腕の中にガーくんが飛び込んできてくれて、わたしはガーくんを、しっかりと抱きしめた。
「ああよかった。それでは、はじめますね」
安心したようなおばあちゃんの声が聞こえて、それからラララと歌が始まる。
すると腕の中のガーくんがズンと重くなって、ガーくんを落としてしまいそうになって慌てたと思ったらもうガーくんの四本の脚はしっかり地面についていた。
それでも止まらず、ガーくんはどんどんどんどん大きくなって、わたしはぶつかりそうって思って二、三歩あとずさる。
次の瞬間にはもうガーくんは見上げるくらいにまで大きくなって、最後にバサァッと視界いっぱいにガーくんの真っ白な翼が広がった。
「わぁ……」
思わずうっとりとしたため息が出てしまったら、ものすっごく得意そうな顔で、ガーくんが胸を張る。
「ふふん、なんだかんだ言ってルルだってこの姿に見惚れてるじゃないか。まあ仕方ないね! 本来の姿のボク様は、大きくて強くてかっこよくて美しいからなっ!」
「そうだねぇ。確かにそう。なんだけど、自分で言ったら台無しだと思うよ……」
「むっ。ルル、そこは『確かにそうだ』だけで良いだろう? ふん、まあ良い。大きくて強くてかっこよくて美しいボク様は、広い心で未熟なルルをゆるしてやろうっ!」
「はいはい、ありがとー。ガーくん、すてきー」
「そうだろうそうだろう。なにせボク様は、大きくて強くてかっこよくて美しくて心の広いペガサスだからなっ! ふははははー!」
ガーくんは自分が大好きなのだ。それも、大きいときの姿の自分が特別に好き。
わたしの完全棒読みでテキトーな『ありがとう』と『すてき』に、気分よく笑っちゃうくらい。
……うん。常にこのテンションだとウザいな。
ガーくんは普段はちっちゃいあの姿で正解なのだ。わたし、そんなに悪くない。
わたしが大きくなって立派な魔女になって、いつだってガーくんにたっぷりの魔力を分けてあげられるようになっても、普段は小さくなっていてもらおう。
ガーくん、大きい体の時は食べる量も多いし。魔力とご飯代の節約とか言って。
そんな事を考えているうちに、準備と荷物のチェックが終わったらしいおばあちゃんが、箒にのってふわりと浮いた。
「……さて。それでは行ってきますね、ルルちゃん、ガーくん」
「いってらっしゃい、おばあちゃん!」
「いってらっしゃいませ、万能の魔女様」
「二人とも、仲良く過ごすのですよ。ガーくん、もしなにかあったら、すぐにルルちゃんを連れて街まで飛んでくださいね」
「はーい。おばあちゃんも、お姉ちゃんのことよろしくね!」
「はい、大きくて強くてかっこよくて美しくて心の広いボク様にお任せください万能の魔女様!」
何度もこちらを振り返りながら飛び立っていったおばあちゃん。その姿が見えなくなるまで、わたしは大きく手を振り続けた。
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