第3話
食後には、おばあちゃん特製ハーブティー。
大満足で朝ごはんを終えた。
それから顔を洗って(普段はちゃんと、朝ごはんの前に洗っているのよ? 読んでいた本がすっごくおもしろくて、昨日はちょっと夜更かししちゃったから……)、歯磨きをして、鏡台の前に腰掛けたところで、おばあちゃんが後ろから尋ねてくる。
「かわいいルルちゃん、今日のお髪はどうしましょう? おばあちゃんしばらくいないから、短いままの方が扱いやすくて良いかしら?」
問われて、私はうーんとうなった。
私の髪はエメラルドグリーンに輝いていて、今は肩の上あたりまでの長さだ。
この宝石みたいに輝くふしぎな色合いの髪こそ、私が魔女だっていう証。
魔女はみんな、ふしぎな色の髪を持っている。
なんでも、魔法を使うための力、魔力っていうのが魔女にはあって、その魔力の輝きが髪にあらわれる? とかで。
おばあちゃんだって本当は、黒の中にチラチラキラキラと赤や青や黄色や緑の光が踊ってる髪をしているの。それはもう、真冬の雲のない澄んだ夜に山のてっぺんから見る星空みたいに綺麗な髪なの!
おばあちゃんは『この年であんまり派手なのは……』なんて言って、魔法でグレーに見えるようにしているのだけれどね。わたしは大好きなのになあ、おばあちゃんの髪。
おばあちゃんの髪はきっとブラックオパールで、私の髪は、エメラルド!
なのに、ガーくんったら、オレンジ色の私の目をオレンジの実に見立てて、私の髪を葉っぱみたいなんて言うの。
正確には『オレンジの葉っぱみたいでおいしそう』って言ってたから、馬的にはほめ言葉なのかもしれないけど……。いじわるに聞こえるわ。
でも、おばあちゃんも他の家族もみんなエメラルドって言ってくれるから、私の髪はエメラルドの輝きなの!
そんな特別な髪を、どうしておこうかって考えたら、やっぱりあれだわ。
「決めた! うーんと長くしておいて! 短くするには切れば良いけど、伸ばすのは私一人じゃ無理だから!」
「ルルはまだちゃんとした魔女じゃなくて、あくまでも魔女見習いだもんな」
私の返事におばあちゃんの更に後ろからイヤミっぽく呟いたガーくんを、鏡ごしに軽く睨む。
「うるさいよガーくん。人の髪の長さをパっと変えるのなんて、おばあちゃんくらいのすっごい魔女にしかできないのっ! それに、私はおばあちゃんの一番弟子だから、すぐにこれくらいはできるようになる予定だもの」
「そうね、ルルちゃんならきっとできるわ。さあさあそんなにぷりぷりしないで。すぐに魔法をかけますからね」
「よろしくおばあちゃん。うんと長くよ! あ、でも、よく考えたら、椅子に座った時にお尻で踏んじゃわないくらいが良いかも!」
「はい、わかりました」
おばあちゃんはニコリと笑って、私のリクエストを聞いてくれた。
さていよいよおばあちゃんの魔法が始まるぞ、という所で。
「……一番もなにも、万能の魔女様の弟子なんてルルしかいないじゃないか。それも、実力でなったんじゃなくて、孫かわいさで弟子にしてもらってるだけのくせに」
ぼそり、いじわるなガーくんの言葉が聞こえたけれど、それに言い返す前に、おばあちゃんの歌と魔法が始まる。私は、ぐっとこらえて姿勢を正した。
呪文を唱えたり、よくわからない文字や図形をなにかに書いたりして魔法を使う魔女もいるけど、おばあちゃんは歌で魔法を発動させる。
『別に声を出さずに頭の中で歌ったって魔法は出るけれど、声を出して歌ったら、楽しい気分になるでしょう。楽しいと、ふしぎと魔法の力が強くなるの。そうやって魔法を楽しんでいたら、おばあちゃんは何だってできるようになっていたのよ』
前におばあちゃんは、そう教えてくれた。
簡単な魔法なら鼻歌くらいで十分だけど、難しい魔法の時は、歌詞もついてくるそうな。
髪を伸ばす魔法の時は、ラララとメロディをなぞって、最後はこう。
「塔♪の上のお姫様みたいに♪美しく、ゆたかな、つよい髪に♪」
そこだけ私もいっしょに歌ったところで、パアアと私の髪が光に包まれ、そこから三秒くらいで光がしゅんと落ち着いて消えていく。
その後には、私のリクエスト通り腰まで伸びた、私の髪。
やっぱり、おばあちゃんはすごい。
明日からは、こんな風に自由自在に長さまで髪型を変えられないと思うと、ちょっと不便だ。
「さっすがおばあちゃん、バッチリ! ありがとう!」
「どういたしまして、かわいいルルちゃん。うん、ルルちゃんのお髪は、やっぱりとってもきれいなエメラルドのお髪。これだけ長いと、見ごたえがあるわぁ。それに、色んな髪型ができますね。どんな風が良いかしら?」
お礼を伝えると、おばあちゃんは私の髪をサラ、サラ、とくしでとかしながら、重ねてきいてきた。
うーん、確かに色々できるだろう。けど、これだけ長いと、普通に縛っただけだと広がるし肌に張り付くのよねぇ……。
「真ん中で二つにわけて、三つ編みが良いわ!」
「うん、良いですね。それにリボンをいっしょにあみこんだら、きっとすごく綺麗でしょう」
「おばあちゃん、それすっごいステキ! わたし、リボンは白が良い!」
「じゃあ、そのリボンにもまもりの魔法をかけておきましょうね」
おばあちゃんがふふふと笑うと、若干焦った感じにバサバサ宙を飛んで来たガーくんが、おばあちゃんにたずねる。
「万能の魔女様、ルル本人にもルルが首から下げているお守りにもルルの服にも、これでもかっ! とまもりの魔法をかけてるのに、まだやるんですか……!? 山が吹き飛んで湖ができるくらいの爆発のど真ん中にいたって、ルルだけは無傷なレベルでまもられているのでしょう……?」
「ええ。空が欠けようと海が割れようと陸が沈もうと、一国がなくなってしまうような大騒ぎの中だって、ルルちゃんはなんともないでしょう。髪の毛先のほんのちょっとだって、傷つきも汚れすらしないでしょう。でも、かわいいかわいいルルちゃんですからね。まもりなんていくら重ねたって良いのです」
おばあちゃんはえっへんと胸をはって、堂々とそう返した。
ガーくんは、床に着きそうなくらいがっくりしてしまう。
「孫馬鹿……! 万能の魔女様のことは尊敬してますけど、その孫馬鹿だけはどうかと思います……!」
「おばあちゃーん、それってつまり、おばあちゃんがいないとわたしの髪の毛切れなくない? だとすると、わたし、困るんだけどぉ……」
不安になって、わたしはおばあちゃんにきいた。
おばあちゃんは、考えてくれるみたい。
「ああ、それは、そうですね。ううーん……。それなら、ルルちゃんが切ろうと思って使ったら、髪の毛だけは切れるハサミを、つくっておきましょうか」
「ありがとう!」
うん、それなら良い。
わたしはお礼を言って引き下がったけれど、ガーくんはまだなんだか不満そうだ。
「万能の魔女様、そんな難しそうな物をつくるより、髪くらいまもりを弱めた方が早いのでは……」
「いいえ。かわいいルルちゃんのまもりを弱めるだなんてとんでもない! ……どれほど♪名のある剣でも、切れず♪どれだけ、つよい魔法もはね返し♪どんな、不運も呪いもはねのけ♪ルルちゃんをまもりぬく~♪」
「あ、ちょっ、万能の魔女様ってばもう魔法使ってらっしゃる! そんなに強い魔法、女の子の髪に結ぶリボンなんかにかけたらもったいないでしょう!?」
「ガーくんあきらめなー? おばあちゃんは、わたしのことがだーい好きなんだから」
なんだかわーわーガーガー騒いでいるガーくんに、わたしは言ってやった。
「確かにそうだけど、自分で言うなよ、ルル! あっあっ魔法が完成しちゃった……! 絶対もっとこう、価値ある宝石とかにこめるべき魔法でしょうよそれぇ……」
「ええ。ですから、とぉっても価値のあるルルちゃんのエメラルドのお髪、それにあみこむリボンに魔法をかけたのですよ。さあできた!」
ガーくんがごにょごにょ言ってたけど、おばあちゃんはちっとも気にせずまもりの魔法も三つ編みも完成させた。
それを確認した私は、くるりとおばあちゃんに振り返って、ぎゅっとおばあちゃんに抱きついて、ありがとうを伝える。
「わー、おばあちゃんさっすがぁ! 最高にかわいいわ! ありがとうっ!」
「どういたしまして。最高にかわいいのはルルちゃんだからこそですよ」
「うわあ馬鹿孫と孫馬鹿だ……! 万能の魔女様、あんまりルルを調子乗らせない方が良いですって……!」
おばあちゃんはデレデレ嬉しそうだったけど、ガーくんは、諦め悪く、なんかまだガーガー言っていた。
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