第3話
華鋏の手際は本当に良かった
テーブルに並び置かれた剪定鋏
真っ白なエプロンを腰に巻き、服をまくる
準備した二つの桶に一つにはぬるま湯を、もう一つには冷たい水を溜めた
華鋏は一つ目の方で手と鋏を洗い、ふわふわのタオルで拭いてから、朝顔から咲く『朝顔』を丁寧に剪定しては冷たい水の中に入れた
朝顔は、いとも簡単に切り落とされる『朝顔』に驚きを隠せなかった
(誰も切れなかったのに…凄い…)
パチン…パッチン…
軽やかに切られる、心地よい音
手際よく切っていく華鋏は、椅子に座り緊張している朝顔に言った
「朝顔さんは、ご両親にとても愛されているのですね」
「…へ?」
急に言われたその言葉に驚いた
両親が…私を愛している…?
正直、全く会わない両親が…私をこんなところに置いて行った両親が…私を愛していると?
朝顔は全くそうは思わなかった
まぁ、衣食住が整った環境を用意してくれているだけ、マシなのだろう…そう思っていた
なのに…どうして愛しているだなんて…
華鋏はキョトンとしてから、軽く笑い、『朝顔』を切りながら、言う
「言ったでしょう?私は、あなたのご両親に依頼されて来たって。1ヶ月前、店に一本の電話が入りました。スピーカーで話しているのでしょう。男性が主に話し、女性はオドオドとした声で言ってきました
『摘花師さん、うちの娘を助けてください。あの子を、朝顔を、『朝顔』から解放してやってください。日常に、かえしてやってください』
『お金はいくらだって払います…どうかお願いです。朝顔を、救ってください…どうか…どうか…』
と
私は事情を聞くために、ご両親に会いに行きました。するとご両親は丁寧に客室に案内して、涙を流しながら言ったんです
『私たちは何もしてやれなかった。『朝顔』からあの子を救ってやることができなかった。今も、山奥にあの子を追いやってしまい、一人ぼっちにさせてしまっている』
『朝顔からすれば、私たちはもう信頼できない人間かもしれません。ですが、どうにかあの子を日常に戻してあげたいんです。あの子に、どれだけ嫌われてようとも、私たちは、あの子を救ってあげたいんです…』
ってね」
「っ…」
華鋏は話を続けた
「この家に来てから、朝顔さんのご両親の思いを理解できました。この家の家具などの必需品…全てオーダーメイド品でしょう。とても強く、暖かい。あなたを守れるように、強くしっかりした素材でできていて、それでいて明るい色のもの。今まで色んな方の『花』を摘花、剪定してきましたが、基本、『花』に魅入られた少女はご両親から見放され、粗末な扱いを受けていました。それに、あなたのご両親のように、『娘を助けて欲しい』と言った連絡なんてありません。電話をしてくるのは、いつだって魅入られた本人でしたから」
「そんな…その方達は今は…」
「独立していますよ。ですが先ほども言ったように『花』から完璧に解放されることはありません。ですので、あまり表舞台には出ず、家でできる仕事をして、活躍しています。よく手紙が来るんです。今はこんなことをしていますってね」
パチン
その音で、一度華鋏は手を止めた
手鏡をだし、何も言わずに朝顔に差し出した
それを恐る恐る手に取り、鏡に映る自分を見た
するとどうだろうか、髪にまで絡まっていた『朝顔』が綺麗さっぱり取れて、あるのは目元にある花だけになっていた
周りをよく見ると、朝顔の近くにいた『朝顔』がゆっくりと力を失って萎れていっていた
これが、摘花師の技術
感動と驚き
朝顔にとって、『朝顔』に絡まれていない日はなかった
だが、今はどうだろうか?
髪に絡まっていたものも
腕に絡まっていたものも
全てが無くなっている
振り返って華鋏をみた
相変わらず優しい笑顔でこちらを見ていたが、どこか悲しそうな声で言う
「朝顔さん、すみません。私にできるのはここまでです。この家と庭に絡みついた『朝顔』たちは時期に消えていきます。ですが、あなたのその右目に咲いている朝顔だけは、どうしても摘花することはできません。目元に咲いている花を一部取り除こうとしたのですが、そこだけは刃が通りませんでした。これは、『花』に魅入られている証拠です。『花』に魅入られた少女は、必ず体のどこかに証拠の『花』が咲いています。それは私達摘花師でもどうしようもできません。なので……」
そこで朝顔は震えた声で、華鋏の言葉を遮った
「ありがとう…ございます…華鋏さんっ…!」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、笑みを浮かべる
「いいんです…どうせ…ここの『朝顔』がなくなっても…目は失明していたんです」
「なんと…」
「それに…心のどこかで思っていたんです。今まで当たり前だった、『朝顔』との生活が終わるって…少し寂しいなって…でも…ここに残ってくれているのなら、ほっとして…」
涙を拭い、愛らしい笑顔で言うのだ
「摘花師さん。本当に…ありがとうございました」
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