第7話 「砂金八恵との雑談2」

「はじめまして! 砂金いさご八恵やえです! 気軽に八恵って呼んでね!」

「……………………」


 お昼時。場所は学食。いつもの席で日替わり定食を食べていたところ、対面に座ったのはいつものツラではなかった。第一声からして明るいというか、陽気というか、距離感狂ってるんじゃねぇかってぐらいに異物感がある。


「ハジメマシテ。八方やかたデス。『おい』とか『そこの』とか、好きなように呼んでください」

「そっか、じゃあタスクくんって呼ぶね!」


 おい、名前は名乗っていないぞ。

 どうも、フルネームは八方たすくです。


「ふーん、マジで嫌そうな顔するね」


 どうやら表情に出ていたらしく、砂金はこちらの心境を言い当てる。


「わかるならやめてくれると助かる」

「え? なんで? 好きなように呼んでいいって言ったのはタスクくんじゃない?」

「……訂正していいですか」

「却下! 男に二言はない!」

「そういうのは発言した側が言うから良いのであって、そうじゃないなら酷く自分勝手な物言いでしかないよな……。お客様は神様デスとか、子供のしたことですから、とかさ」


 あの手の誠実な姿勢や寛容な心持ちによって発された言葉を、迷惑を掛ける側が免罪符のごとく振り回す姿は見ていて反吐が出る。


「むむ、確かに一理あるね」


 おや、どうやら話の通じるタイプだったらしい。

 と、そう思ったら砂金は柏手を打った。美味しい寿司でも食べた?


「よし、じゃあ、こうしよう!」

「え?」

Repeat after me復唱してね

「アッハイ」

「男に二言はない!」

「男に二言はある」

「よし、じゃあそういうことでタスクくんって呼ぶね!」

「あれ? 言い間違えたかな? あるって言ったつもりなんだけれど」

「気のせいだよ」

「えぇ……」


 こいつ、話が通じないタイプではなく、通じている上で自分の話を通そうとする人間だ。あんまり周囲にいないタイプなので、どう対応すればいいかわからん。


「というか、イマドキ『男に~』みたいな言葉を使うのも間違っていると思いますよ俺は」

「そう? じゃあ……、そうね、『人類に二言はない』」


 主語がデケェ……。でもまぁ、中途半端に対象範囲を広げた主語には釈然としないこともあるけれど、範囲の規模が大き過ぎると逆に納得してしまうこともあるので、そう言われてしまうと嫌悪感も抱けない。


「人類史に一石を投じてきたな……」


 圧倒されつつも律義にツッコミを入れると、砂金は不思議そうな顔をしている。なんだろうかと目顔で問うと、女は意外そうな顔をして言う。


「タスクくんはそもそもそういうジェンダーレス系の発言って嫌がるタイプだと思っていたけれど、そうでもない?」

「どうだかな……。エビデンス――根拠がないやつはあんまり好きじゃないってだけだとは思う。逆に、そこに理由があるのであれば特に忌避感もない」

「えびでんす?」


 砂金は聞き馴染みのない言葉に引っ掛かった。


「言い直したじゃん。根拠って言い直したじゃん」

「なるほど、エビデンスは根拠って意味なんだ」

「あとは証拠とか、裏付けとか、そういう意味で使われたりもするらしいけれど、横文字で使うとその辺を包括した大まかな意味合いで使用されているな」

「なして大まかにするの?」

「なんでだろうね……」

「なんで?」

「……多分だが、言葉を選ぶ労力が減るからだと思う。言葉なんて『なんとなく』で伝わればいいわけだから、なんとなくで伝わる便利な言葉として定着したんだと思う。あとはまぁ、双方でニュアンスが疎通できるのであれば、それは楽だし、ある種の仲間意識を生む。仲間意識ってのはコミュニケーションにおいて重要だしな。通じるかどうかを知るためというのもあるのかもしれない」


 そういう意味では、俺は目の前の女に対して通じないことを前提に話しているので、仲間意識がないのだろう。


「ふむ、わからん」

「……砂金はヤバいって言葉を日常的に使っているか?」

「うん? うん、結構使う」

「じゃあ、今から俺の言うことに対して『ヤバい』だけで答えて欲しい」

「ヤバい」

「早いよ。うん、でもその調子だ」

「ヤバい」

「…………。100mを3秒で走る人間がいたらどう思う?」

「ヤバいね」

「野良犬のうんちを踏んだ」

「ヤバいわ」

「一億円拾った」

「ヤバいね!」


 砂金は一つ一つの『ヤバい』に対して表情や抑揚を入れるので、その感情や意味はとても伝わって来た。それはそれとして『ヤバい』がゲシュタルト崩壊しそう。


「とまぁ、色んな『ヤバい』を言って貰ったけれど、それがどういう意味なのかを俺はなんとなく理解できる。つまり、受け答えとして成立しているわけだ」

「ヤバいね」

「いや、もういいから」

「ほいほい。ふつーに喋るね」

「……それでさ、砂金は『ヤバい』で意味が通じなさそうな相手にまで『ヤバい』という言葉を使うか?」

「うーん、そりゃ使わないかな。通じないのなら会話にならないし」

「……つまりはそういう感じなんだ。一つの言葉に内包される意味に差異があっても、送り手と受け取り手の間でニュアンスの擦り合わせが出来ていれば、言葉を選ぶ手間が減る。減らせる手間は減らしたいのが人情だ。だから、大まかな言葉を使いがちになるんだと思う」


 まぁ、会話において言葉が重要なのは勿論だけど、それ以外の情報だって大事だ。目線や息遣い、上体の揺らし方や手の動き、表情や唾を飲むといった動作、声の抑揚や速度、そういった様々な情報から言葉を補足して会話を成立させるわけだし。


 結局のところ、コミュニケーションというのは片方が伝えようとして、もう片方が理解しようとして、その結果として起きた事象に両者が納得できれば問題はないのだ。言葉はそのための補助ツールでしかなくて、問題がなければ言葉は最低限でいい。


 などと、そんな補足まで含めて長々とダラダラと喋ってしまう。


 ――喋って、気付く。


 俺は初対面の女子に対して何を話しているんだろうか……。


「なるほどねー」

「あー、すまんな。変なことをダラダラと話して」

「ん? 別に謝るようなことはしてなくない? けっこう面白かったよ。わりと新鮮だった」

「……それならいいか」

「うんうん。いいと思うよー。それにしてもアレだね。タスクくんは先生みたいだね」

「それは、どういう?」

「いや、そのまんまだよ。タスクくんの話し方は“話したい”や“喋りたい”よりも“伝えよう”って感じ。前者の人はさ、相手のことを意識することが少ないじゃん? だから早口になったりするけれど、タスクくんはかなりゆっくり話すよね。相手が聞いて、それを咀嚼することを確認している。話し方が上手くて授業が面白いセンセーに似ている」


 ――言われて、ふと昔を思い出す。外園と出会って間もないときだ。


 あの時の外園あいつは何も知らなくて、何も知らないことすらわかっていなくて、それをどうすればいいのかすら知らない奴だった。だから、なんでも聞くように俺はあいつに言って、なんでも聞くようになったあいつに色々なことを話して、教えて、伝えた。繰り返される問答は延々と続いて、あいつといるときの俺は常に何かを話していた気がする。何も知らないあいつに伝わるように、幾重にも言葉を重ねて、重ね続けた。


 もし、砂金が言うような話し方を俺がしているのであれば、それはきっとあいつのせいだろう。 


「そりゃ、どうも。……褒められているという認識でいいんだよな?」

「たぶん?」

「たぶんなんだ……」

「そんでさ、根拠のあるなしってどういうこと?」


 話がだいぶ戻った。


「あー。ジェンダーレス系の発言についての話だよな?」

「そうそう。エビデンスがあれば嫌いじゃないってやつ」

「えっと、そうだな……。社会・文化によって形成された以上、そこには合理性が存在するものだってあるわけだ」

「合理性? たとえば?」

「よくあるのは男が仕事そとで、女が家庭なかってやつ。これは結構単純明快で、肉体の違いが如実に出ている。まず、女性は妊娠や生理がある以上、一定のパフォーマンスを出し続けるのが難しい。逆に男性はそういうのが存在しないから、ある程度安定したパフォーマンスを発揮できる。ここまではいいか?」

「に、妊娠とか生理とか恥ずかしげもなく言うのね……」


 砂金は頬を紅潮させつつ、俺の言動について指摘してくる。いや、そんな部分に反応しないで欲しい。


「恥ずかしいことじゃないからな」

「おおぅ……。堂々と言われるとなんだかこっちが間違っている気がしてくるね。あ、ちなみに続けてくれて大丈夫」

「はいよ。そんで、仕事っつっても、基本は肉体労働だ。肉体労働に比べて性差による向き不向きの出にくい細かい作業やデスクワークとかが産業としてはっきり食い込んだのは人類史から見ればここ最近のことで、仕事ってのは基本的には力があればあるだけ要求されるものだったわけ」


 まぁ、それは今だって同じだ。一次産業や二次産業はまだまだ力仕事であることが多い。機械技術の発達によって補助手段は増えたが、それでも足りていないのである。


「それは昔々の狩猟時代とか、そういうやつ?」

「その後の農耕や工業化とかもだよ。そう考えると、そりゃ男がそっちを担当することになるのは当然なわけだ」

「当然なんだ」

「身体がそういうふうになっているんだよ。男女の平均身長はその差なんと約10cmでな。男性の方が女性に比べてデカいんだ。つまり、大きい分だけ男は女よりも元々の筋肉量が多いということになる。デカいは強い、単純な図式だよな。で、そんなわけで馬力が出る男が仕事そとを担当するのは自然の摂理というか、なるべくしてなった結果なわけだ」

「なるほど、デカいと強いのか」


 真理ではあるが、中々に頭の悪そうな結論を砂金に植え付けてしまったような気もする。そこでふと、自分の言葉が足りていないことに気付く。


「……あぁすまん、訂正する。デカいから強いってだけじゃないないんだ。もう根本的に違う。なんなら、さっきは大きい分だけ男の方が筋肉量が多いと言ったけれど、男女で背格好が同じだとしても男の方が筋肉量が多くなる。つまり、出せる馬力は男の方が高くなるんだ」

「え、そうなの? なんで?」

「身体のつくりが違うんだよ。骨格とかもそうだけど、もうそもそもからして肉体が仕上がろうとする方向性が男女で違うんだ」

「へ~。……ん? それだとさ、女ってそれだけで男には力では不利?」

「まぁ、そうなるな」

「こないださ、どっかのウェイトリフティングの大会でトランスジェンダーの人が女性の大会に参加してぶっちぎりの優勝をしたーみたいなニュースが流れていたけれど、あれってどうなの?」


 時事ネタ……。というか、ちょっとこう触れづらい話題を平然とパスしてくるなコイツ。


「………………まぁ、正直に言えば、なんかスポーツの理念からは離れているとは思いますよ俺は」 

「ほう、スポーツの理念。それはなんぞや?」

「対等な条件下での公正な勝負ってのがスポーツの理念だろ。ここで言う対等な条件ってのは、決められたルールのことになる」

「ふむふむ?」

「ウェイトリフティングもそうだけど、あぁいった純粋な力がものを言う競技では、体重があればあるほど有利なんだよ」

「え? 体重なの? 身長じゃなくて?」


 至極当然の疑問だった。これは俺のさっきの説明が悪い。なので補足説明というか、訂正をする。


「無制限であれば最終的には身長も重要になるけど、直接的な要因は体重になるな」

「どゆこと?」

「まずさ、体重ってのはそのまま筋肉量に繋がるんだ。筋肉量を増やせばそれだけ体重は重くなる。つまり、重いってことはそれだけ馬力が出るってことになる――あぁ、もちろん肥満は別だ。前提として、この重さってのは脂肪ではなく搭載された筋肉バルクの話になる。それでまぁ、ただ筋肉を増やすにも限度があって、その限度を決めるのが身長になるんだ。骨格という土台がある以上、それに載せられる筋量には上限があるからな。だから、身長が大きければ大きいほど、その土台に載せられる筋肉量も増えるから、背が高いってのはそれだけ体重の上限も上がって有利になる」

「そう聞くと、もう大きければ大きいほどにパワーがあるってことになるよね」

「あぁ、実際その認識で正しい。地上最大の動物であるアフリカゾウは、そのまま地上で一番の馬力を誇る」

「へぇ~、トリビアだ」

「話は戻るけれど、スポーツってのは対等な条件というのをお題目にしているんだよ。それがどれだけ綺麗事で、体裁だけで、実際は対等になんてどう頑張ってもなりやしないのに、それを承知の上でみんながそういう幻想を共有しようと手を取り合うわけだ」


 ――あぁ、なんだか文句とも皮肉とも愚痴とも取れるような言葉が出てしまった。俺はなにを言っているのだろうかと思ってしまう。けれど、目の前の少女はこちらのそんな言葉に頷いた。


「あー、うん。そうだね」

 

 砂金は俺の言葉を肯定した。きっと、あいつなら――もしくはあの人なら――否定するだろう俺の言葉を肯定した。喉奥をざらりとした何かが這いずり回るかのような錯覚を起こすが、そんなの所詮は錯覚でしかなくて、俺はそれを無視して何事もなかったかのように話を続ける。


「スポーツはそういった建前上の対等のために、肉体の状態による区別をする。性別、年齢、体重、身体障害、それらを区分して競技が成立するようにする。でも、さっき言った……そのトランスジェンダーの人はどれだけ性自認が肉体のソレと異なろうとも、肉体が男性である以上は女性の肉体よりも優位性がある。今さっき説明したようにな。――それはあまりにも、スポーツそのものに対して不誠実だ」

「不誠実なの?」

「俺はそう思うよ。理論上は同質の肉体性能カタログスペックで、それを磨き抜いた末に行われるべき競技なのに、一人だけそもそもの基本性能パフォーマンスが違うんだ。それはもうズルだよ。ドーピングと大差ない」

「ドーピング、ね。それはもうかなり酷な言い方じゃない?」

「……まぁ、俺はそう思っているってだけだよ。実際のところ、運営側がそれをどう扱っているかについて詳しくは知らんし」

「おっ、放り投げた」


 正面に座る砂金がこちらの目を見続けている。その状態に据わりの悪さを感じてなんとなく視線を空中に避難させてしまう。数秒ほどいもしない羽虫でも追うかのように視線をふらふらと漂わせたのちに話の修正と着地を試みる。


「つまるところ、根拠さえあればいいんだよ。身体の差異によって適所が異なるというのは当たり前。その理由がしっかりとしたものであり、悪し様にするのではなければ『男が重いモノを運ぼう』みたいなことを言っていいと思ってはいる」


 例えば『男なら女子供を守れ』みたいな言葉は理に適っている。生殖機能などを鑑みれば一目瞭然だろう。人間という動物はそうであるように出来ているわけだからその言葉に違和感はない。でも、だからと言って、女子供が男を自分の盾にするためにその言葉を言うのであれば、それはただ気持ち悪いだけだ。それは人間が吐いていい言葉ではなく、獣の主張である。獣の主張を通したいのであれば、社会から外れて獣の理に帰ればいい。というか、帰れと言いたい。傲慢にも霊長を名乗るのであれば、それに見合うだけの矜持を抱かなければならないのだから。それすら出来ないようであれば、そいつは獣ですらない醜悪なだけの化け物だ。


 人という動物の持つ獣性。ヒトという種がから脱却――或いは制御をするための仕組みである『社会』というシステムを形成しようとした以上、何かを貶めているようではどこにも辿り着けない。「誇りと驕りを履き違えてはいけない」と、一言でまとめてしまえば至極単純な結論になってしまう。


 ――なんて、そんなことを考えてしまった。


「ふぅん。タスクくんとして大事なのは、悪し様に言っているかどうかってことなのかな?」

「そうだな。結局のところ悪態には何の価値もない。無意味だとは思わないけれど、それに価値を感じてはいけない。それは無価値であることに意味があるんだ。無価値であるからこそ、気にせずに済む」

「おっ、なんか格好いいこと言ってる」

「茶化すならこの話ここでやめていいですかねぇ……」

「ごめんごめん。半分は本心だから」


 もう半分は……?

 そう思いつつ話を戻して進める。


「……だからまぁ、そういった合理的背景のある言葉にすら噛み付くようなのは好きじゃないけれど、逆に社会や文化が変遷したことによって当初の合理性から外れたものだってある」

「あるの?」

「そりゃあるさ。えーと……、たとえば『男に二言はない』というのもさ、それこそ昔は家父長制度がシステムとして定着していて、そんな家や集団の長たる立場のやつが意見をころころ変えていたら信用ができないとかそういうのもあったのだろうけれど、現代日本においては男女平等を謳っているし、享受する権利に差異が出ないようにしていっている以上、そこに性別による区分けの余地はない。そうなると男女関係なく意見をころころと変えるような奴はろくでもないわけだ。だからまぁ、もうそこに男がどうとかを当て嵌めるのは無意味なんだよ。そうなると主語を大きくせずに自己の範囲で納めるべきでさ、そういう心持ちであると言いたいのであれば『私に二言はない』と言えばいいだけだ」

「ほうほう」

「あと、俺に二言はある」 

「あっはっは。強情だね」

「二言があるやつ、強情かなぁ……」


 思わず溜め息を吐いてしまう。

 二度目となるが、どうして俺は初対面の女子とこんな話をしているんだろうか? そうした疑問と向き合うことにした。


「なぁ砂金よ。そもそもの話なんだけれど、用件はなんなんだ」



 □□■■■■□□



 発端は外園への提案だった。


「お昼ご飯は彼女さんと食べるようにした方がいいんじゃないか?」


 と、そう提言した。


 俺が外園と昼メシを共にしていることを心底羨ましそうに見つめている真枝さんを目撃してしまい、不憫に思った俺は取り計らうことにした。


「でも、それだとハカタはお昼休みに誰と話すのさ?」

「別に誰とも話さんでいいだろ」


 元々、こうして外園と一緒に学食でメシを食うのは一週間のうち二回か三回である。外園には外園の付き合いがあるし、俺は外園に声を掛けられない限り一人で昼を食べる。そのとき、対面に誰もいなければすぐに退席して学校内の各地にある休憩スポットに赴くのが俺の基本行動だった。


「いやいやダメだよぉー? ――ねぇ知ってる? 人と話さないと声を出すのがうまくできなくなるんだよ」

「豆しばかよ」


 ちなみに、その豆知識はよく知っている。


「まめ……しば?」


 伝わらなかったようで、外園はこてりと首を傾げた。そんな見る人が見れば可愛らしいと評しそうな動作および表情を外園はすぐにやめ、にやりと笑った。


「なんか嫌な予感がする」

「おいこら。僕の顔見てイヤとか言うな」

「で、なんだよ」

「ちょっと前に話した砂金さん。ハカタの話し相手にいいんじゃないかな?」

「………………なんでそうなる?」

「いいじゃんか。砂金さんはハカタと話したいことがあるらしいし、僕はハカタの話し相手がいて欲しい。ほら、どっちも損はしない。優しい世界だね」

「俺は見知らぬ奴と話したくないので、俺だけは明確に損をするが?」

「ハカタの損は必要経費だよ。つまりは還付されるから損じゃない!」

「いや損だよ? 普通に俺が損するよ? 還付する存在がいないよ? 俺には厳しい世界か?」


 謎理論にもほどがある。だが、そんな俺の文句を外園はどこ吹く風とばかりに笑って流した。


「ハカタは見返りを求めずに損をすることなんて慣れっこでしょ。――それに、沙耶ちゃんが気にしちゃうからね。僕がハカタとの時間を大切にしているのも彼女は知っているから、ハカタを放置して沙耶ちゃんとのランチに洒落込もうものなら変に気を遣わせてしまったんじゃないかと余計なことを考えさせちゃうものね。その点、ハカタの対面に砂金さんがいるとなれば沙耶ちゃんだって納得するさ」

「…………」


 俺は口を噤んだ。


「ハカタが僕と沙耶ちゃんのことを気にしてくれるのはすごく嬉しいし、その気遣いは遠慮なく享受するつもりだけれど、僕たちがハカタからのお節介をしっかりと受け取るためにもハカタには砂金さんと会って話してみて欲しいんだ」

「………………わかったよ」


 こちらから提言した手前、外園のその言を聞いた上で拒否することはできなかった。



 □□■■■■□□



 そうして今に至り、俺はやっとこさ本題に入れた。


 目の前の女は俺にどのような用があるのか、それを是非聞かせてもらおうと思った。そして、目の前に座った女――砂金八恵は俺との接触を試みようとした理由を事も無げに言った。


「タスクくんさ、私と付き合わない?」


 十秒ほど固まった。


「いや、意味が分からん。アレか? 嘘告白か? なんかの罰ゲームか? そういうのに巻き込まないで欲しいんだが」


 眉を顰めながら苦言を呈すると、むしろ砂金の方が心外そうな顔をした。


「なんでそうなるのよ」

「いや、そうなるだろ」


 こちとら教室の端で慎ましやかに生きる微生物だが、対する砂金はどう見ても陽キャグループに所属していそうな人種だ。生物ピラミッドもとい学内カーストで表現すればまずもって生きている位階が違う。ミジンコを可愛いと思う奇特な人間だって存在はするかもしれないが、交際相手として選ぼうとするような狂人はいまい。


「いや、ならないから。まず嘘告白なんてアホらしいことをイマドキやらないからね。というかね、フツーに失礼だからね? 女の子の告白に対して『嘘告白?』は考える限り最悪の返しだから」

「…………それは、ごめんなさい」

「うん。わかればよろしい」

「待て。だとしてもわからんぞ。お前が俺に好意を持つ理由が全くない。接点のないお前と関わった記憶はないし、学校で俺がなにかをしたこともない。そうなるとマジでお前が俺に対してなんらかの感情を抱く機会そのものがないんだ。これは断言できる」


 自慢ではないが俺の学校生活は漢字一文字で表せば『凪』の一文字が相応しいほどになにもない。交友関係も外園以外はほぼ断絶しており、俺の評判が広まることもあり得ない。


「断言できちゃうんだ……」

「雨の日に捨て猫を拾ったことすらない以上、お前が俺に告白するほどまでの感情を抱くような機会はない」


 意外な一面を見て云々、といった創作にありそうなエピソードすら俺には存在しない。なので誰かが俺に好意を抱くはずがないのである。


 結論として、俺は美人局の線を真剣に考え始めた。目の前の砂金八恵という少女が危険人物に見えてきた。俺が王蟲だったら目の色が赤くなっていただろう。誰かナウシカを連れて来い。


「そ、そうだね。捨て猫を拾ったタスクくんを見た記憶は私もないよ。というか、キミの好意を抱く切っ掛けのイメージちょっと特殊じゃないかなぁ⁉」

「じゃあ、どういう経緯でどうして俺なのか教えてもらえるか?」


 警戒し、いつでも逃げられるようにじりじりと腰を浮かし始めた俺を見て砂金は嘆息する。


「理由はもちろん言うつもりだけれど、その前に改めて言わせてもらうね?」


 そう言って砂金は言葉を一度区切り、軽く息を吸って、深く息を吐いて、大きく息を吸い、こちらの目を射貫くかのように真っすぐ見つめて言った。


「私に二言はないよ。タスクくん、あなたのことが好きです。私と付き合ってください」

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