第2話
「すごい、火や煙をそんなふうに扱えるなんて……二人とも、魔法使いだったの?」
「はっは、そうかもしれんな」
ヘイジが片目を瞑り、アキトが「いい歳してやめとけよ」と呟いては祖父に叩かれている。しかし今度はそれ以上の反応はせず、煙を動かすことに集中しているようだ。
アキトの輪郭にぴたりと重なった煙が、少しずつ身体へ溶けていく。
「……おい、こっちばっか見てねえで、そろそろどうにかしないとマジでやべえぞ」
霧雨はだんだんと密度を低くしており、ただ湿気た風が留まっているのみ。
背に陽炎を乗せた魔物たちが、そろそろかとこちらへの興味を隠しきれずに足踏みをしている。呼応するように、サシャナの髪は雷鳴を轟かせた。
しゃきん、と鋏が光る。
「サシャナ」
「うん。お願い、ルッタ」
眉の上で丁寧に切り揃えられた雨髪は、風と雷を交え、すぐにうねってしまう。サシャナは指でそれを摘んで引き伸ばしてみるが、とうぜん真っ直ぐにはなってくれず、眉を下げた。
「うう……」
「ほう、癖っ毛のようでなかなか可愛いもんだ」
「そ、そうかな……?」
いつものことだとルッタは放っていたが、今日はヘイジが慰めてくれるらしい。しょんぼりしてしまった相棒のことは彼に任せ、ルッタは切ってもなお爆ぜ続けるサシャナの前髪を丁寧に矢筒へしまう。
雨の紋様が施された腕輪をつうとなぞれば、その手には弓が握られて。
「さ、雨を乞いましょう」
雨乞いの巫女の、舞が始まる。
初めはすり足から。砂を削るルッタのつま先は徐々にぴんと伸び、足の甲が身体に先行する独特の動きとなる。宙でくねらせた膝。かき混ぜるように、回り、巡り、循環する。
その動きの中で、時折矢筒の浮く瞬間がある。すかさず取り出された一本の髪。
地を踏むことで、天を揺らす。
揺らした天に
髪を弓につがえる動作さえも、舞。ルッタはステップを踏む角度で狙いを定め、流れるままに放った。鏑矢のように不思議な音をたてながら、雨髪が飛んでいく。
魔物たちの真上で、放たれた髪はちょうど最高地点に達し、また纏う雷は今に落ちるかというほどに膨れあがり。
矢を放った流れでくるりとターンをしていたルッタは、持ち上げていた弓を、真っ直ぐに振り下ろす。
「落雨せよ!」
激しい雷雨が、魔物を襲った。
それからも次々と放たれた雨の矢は空で暗雲と重なり、またその影の下にいる魔物たちを逃しはしない。水の苦手な砂漠の魔物とはいえ、雷が直接当たりでもしない限り致命傷にはならないが、しばらくの動きは封じられただろう。
パチパチと手が叩かれる。
「お見事!」
褒められたルッタは「えへへ」と照れくさそうにした。雨乞いの巫女ならばできて当然。このように矢の腕を褒められることなど滅多にないのだ。
こちらもヘイジのおかげで気分の上向いていたサシャナは、ルッタの珍しい表情につられて相好を崩したが、そこでちょうど、ぐらりとバランスを崩したアキトに気づく。
「あっ、アキトさん!」
「――っと」
彼の背はなんということもないようにヘイジによって支えられた。そしてそのまま横たえる。
アキトが起き上がる気配はない。
「急にどうして……」
「大丈夫なの? まさか暑すぎたんじゃ……」
「はっ、修行が足りんだけだ。ほれ見てみ」
そのとき、仰向けになったアキトの額から紫煙が立ちのぼり、獣の輪郭をかたちづくった。
「え、狼……? きゃあっ!」
そこで予想外に飛びかかってきた煙の獣。サシャナが悲鳴をあげる。
「サシャナ!?」
「ほう……まさか暁斗の女性の好みがこちらだったとは……」
ヘイジはなにやら感心と愉快を含んだ頷きを見せているが、それどころではない。煙でできているはずの狼はしっかり質量を持っているらしく、今に押し倒されそうなサシャナは涙目だ。
「ちょっとヘイジィ、どういうことよ!」
「だっ大丈夫、アキトさん、なんだよね……?」
「ああすまんな。煙に魂が馴染めば我に返るだろうから、少しだけ構ってやってくれないか」
「う、うん……ひゃ、くすぐったいようアキトさん」
こういうときのサシャナは謎に順応が早い。優しく撫でられた
「人はみな、心に獣を飼っているもんさ」
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