第3話 魔女でもできる部活動
のどかな春の日差しが差し込む教室で、私はうつらうつらとしながら頭を揺らしていた。教室の騒がしさと鳥の鳴き声、風の音、全てが青春の音だと、そう思うのだった。
「あらごきげんよう」
声をかけてきたのはローザちゃんだった。彼女が挨拶をしてくるとは、きっとろくな用事ではないことは明らかだ。
「おはよ」
「今日もいい天気ですわね」
「そーですね」
当たり障りもない会話にやや警戒しつつ適当に返事を返してやった。
「……あの、緑子さん」
「なんです?」
「ちゃんとこちらを見て話してはくれないのですか?」
「何言ってんの?あなた私たちにどんなこと言ったか…」
「わかってます。でも今は優乃ちゃんはいないですから、あなたと私のお話ですわ」
「そんな都合のいいことあると思う?」
「…ごめんなさい。忘れてくださいませ。飽くまであなたは優乃ちゃんの味方、ですものね…」
そう言ってローザはしおらしく俯いた。
「おはよ…緑子。あれ?…ローザ?」
「おはよう優乃!」
「あら、おでましね、優乃ちゃん。緑子さんにもあなたのことを知っておいてもらおうと思いまして…改めてお話させていただいておりましたわ」
優乃を視界に入れたローザは急にぱっと表情を変えてシャキリと体勢を直した。
「…ほんと、嫌なやつ。もう緑子には話したんだから、勝手なこと吹き込まないでちょうだい」
優乃は見るからに苛ついた顔をして荒々しく椅子を引いた。
「…ローザちゃん?」
「……勝手なことはわかっておりますが…先程のことは、優乃ちゃんには言わないでくださいませ…」
ローザちゃんは必死そうな声で私に囁いた。信じるべき?それともこれも罠…?
「それではごきげんよう」
ローザちゃんは振り返らずに去っていった。
「なんなの朝から…あんた、何言われたの?」
「えっと…なんか、嫌味みたいなことを…」
「飽きないわね…あいつも」
ついローザちゃんの言ったことに従ってしまった…。私ってほんとに、お人好しなのかしら?
「あ、二人共、おはよう」
「あ、シィドくん。おはよう」
「おはよ」
「今日も一日頑張ろうね!」
「うん!」
「あ、優乃さん、隣…いいかな?」
「いいわよ…」
「ありがとう!」
シィドくんは嬉しそうに優乃の隣の椅子を引いた。
「そういえば、宿題が出始めたんだったわね」
「私大樹信仰に詳しくないから大変だったよぉ」
「僕も…。いちいち用語とか調べないとならなくて…」
「信者以外にはわからない用語を使うことは信仰の秘匿性を高めるには有効なことだものね」
「おかげで私たちにはさっぱりわからないわ」
「こ…これからだよ!」
「そうね。使っていくうちに言葉は覚えていくものよ」
「まだ数日だものね!やらなきゃわかんないに決まってる!」
「ところでこの宿題、誰に渡すの?」
「学級委員が集めるものらしいけど…まだ学級委員はいないよね?」
「…あれ、見て」
優乃が示す先には皆が宿題を提出している席があった。その席に座っているのは…マルカだった。
「さあみんな!ここに宿題を提出してくれ!」
「あいつ…学級委員になりたいのね…」
「へぇ~!すごい意欲!」
「ここは甘えちゃいましょうか」
私たちはマルカの席に宿題を提出しに行った。
「おはよっ!」
「お、緑子ちゃんたち!おはよう!ここに宿題頼むね」
マルカは歯を見せながら両手を机の上で広げてみせる。
「お願いします!」
「…頼んだわ」
「どーぞ!」
「よし、3人とも出したね!俺が責任をもって提出するから!」
「ありがとう!」
私たちは席に戻った。
「すごいね、マルカくん。誰にも頼まれてないのに」
「…でも少し心配だわ…」
「どうして?」
「あの子、大樹信仰じゃないのよ…」
「それがなにか?」
「出しゃばりすぎってこと…。自分はリーダーで当然って、行動もしないのにふんぞり返ってる子もいるのよ。親が偉いだけでね…」
「じゃあ…」
「もしかすると彼…目をつけられるかもしれないわね…」
「そんな!」
「…可能性の話だけどね」
「そうならないといいけど…」
リンゴーン。リンゴーン。
鐘が鳴った。先生が入ってきて挨拶をした。
「はい、みんなおはよう。今日は宿題があったろう?実はな、あれを集めるのは学級委員の仕事なんだが、肝心の学級委員はまだいないんだよな。だから各自提出してくれ」
「先生!大半の宿題は呼びかけて集めておきました!」
「おや、君はマルカくんだね。この人数の大半の宿題を呼びかけだけで集めたって?やるじゃない。もしかして学級委員の素質アリ?」
「ありがとうございます!」
「じゃあそれを持ってきてもらって…重たいだろうから運んでる間にまだ出してない人は直接私のところに持ってきてね」
どこか不満そうな顔をしながらマルカに宿題を提出しなかった者たちが先生にノートを手渡しにいった。
「やっぱり…反発してるわね…」
「優乃の予想…当たっちゃったかな…?」
「マルカ…大丈夫かしら…」
「優乃、なんかマルカのこと結構気になってない?」
「なっ!何を言うのかしら…」
「ふ~ん…」
「今日はね、部活動の話をしようと思うんだ」
先生が話し始めた。
「うちの学校はね、色んな部活動があるけど作るのもアリなんだ。もちろん最低3人は欲しいところなんだけどね。設備や部屋はたくさんあるから認められているけど場合によっては統合や決闘なんてことも行われるシビアな面もあるからきっと楽しんでもらえるよ」
「それって楽しいの…?」
「それでね今日は君たちに今ある部活リストを渡すから、入りたい、もしくは作りたい部活を書いてもらうことにします。今の時間はみんな部活やってもらってるから見学も行ってきて!新規部活は気軽に書いてもらってもいいよ。生き残るために弱小部が悶える姿はとても美しいんだから…」
「…緑子は、入りたい部活あるの?」
「そうだね~。青春には欠かせないからね!部活は!」
「僕は文芸部に入りたいんだ」
「文芸部?」
「お話を書いたり読んだりするらしいんだ。楽しそうでしょ?」
「私は…どうしようかしら…多分受け入れてくれる部活は…」
「……私、優乃と一緒の部活にする!」
「え…」
「そうすれば優乃をいじめる子はいないよ!」
「…緑子」
「2人とも、文芸部はどう?」
「いや…それはちょっと…いいかな」
「そう…。残念」
「ちょっと見学行ってみよっか?」
「そうしましょうか」
「行ってらっしゃい」
「はーい」
私たちは部活動の見学に出かけた。
「げ、魔女?」
第一声はどの部活もだいたい一緒だった。露骨に嫌な顔をするところ、表面上は取り繕っても嫌悪が滲み出てるところ、部室にすら入らせてくれないところ。改めて私は優乃の置かれている状況が悲しすぎるものだとわかった。
「も…もういい…。帰りましょう…緑子」
流石に全ての人間から拒絶されるのは優乃でも堪えるらしい。疲れた顔を見せる優乃を見ると私まで心が痛くなってくる。
「優乃」
「あと…緑子、あんたももういいわよ…。どこかいい部活あったでしょ?私と一緒は無理だから…」
「ない!」
「緑子…」
「優乃のことあんな風に扱う部活にいい部活はない!!」
「じゃあどうすんのよ…」
「決まってる!作るのよ!部活を!!」
「…ちなみにどんな?」
「……考えてない!!」
「はぁ…」
完全に意地になっていた。だがその心に揺らぎはない。
「いいじゃん!それなら2人でできるし誰にも嫌がられないよ!」
「先生の話きいてた?2人じゃ部活は作れないのよ」
「う…確かに…」
「とりあえず教室に戻りましょうか」
「うん…」
教室に戻ってきた私たちにシィドくんが声をかけてきた。
「どうだった?いい部活はあった?」
「それが…」
「え?優乃ちゃんがすごく嫌な目にあった!?」
「そうなの…」
「ちょっと言い過ぎじゃない?」
「そんなことないよ!あんなのってないよ!」
「確かにそれは…ひどいね…」
「だからね、私たち部活作ろうと思って」
「え、そうなの?」
「この子がそう言ってるだけ。それに部活は3人から。作れないわ」
「何言ってるの?3人いるじゃないか」
さも当たり前かのようにシィドくんがきょとんとした顔をする。
「え?」
「だってシィドくん、文芸部に入るって…」
「そんな話を聞いたら僕も手を貸すしかないさ!」
「そんな…入りたい部活だったんでしょ?」
「優乃ちゃんをいじめるような人たちの中に、僕は入りたくない!」
「あんたと一緒ね」
「流石シィドくん!」
「それで、どんな部活にするの?」
「あ、そうそう。まだ考えてなくて」
「まだ考えてない!?」
「そうなの。なんかいい案ある?」
「私運動は嫌よ」
「それは僕も賛成かな」
「私ちょっと動きたいかも…」
「じゃあ運動もできたりできなかったりする…と」
「そんなのある?」
「基本的に何をするのも自由だったり…」
「そんなのはないよ!」
「あ、でも可能かもしれないよ」
「え?」
「探求系の部活にするんだ。そうすれば一定のテーマ内なら何をしても自由。現にこの学園でもティータイムをする部活があったりするからね」
「なるほど…ティータイムって一見休憩とか遊びっぽいけどそれを探求するとなると色々とやり方とかメニューとかありそうだものね…」
「いや多分作った人は自由にお喋りしたかっただけなんじゃないかしら…」
「物は言いようってことだね!だから多分この学園ではテーマさえ決めればだいたい自由に出来ると思うよ」
「まあ統合や決闘に打ち勝てるくらいの実績は作らなきゃならないかもしれないけどね」
「私たちができること…なんだろう」
「まあ…私にはないわよ…」
「……ん!そうだ!」
「なにかしら?」
「優乃はみんなから恐れられている称号があるじゃない!」
「?」
「魔法使いになるんだよ!」
「……あんたバカ?魔女ってのは恐れてる訳じゃなくて…」
「だからこそ!逆に開き直ってみようって思って!」
「…とりあえずきいてみようかしら」
「あのね、私たちで考えた魔法を物語にして、それに基づいたパフォーマンスをするんだよ!」
「…それって!」
「そう!シィドくん得意そうだと思って!」
「へぇ…あんた意外と頭が働くのね」
「どういうこと?!」
「やってみたい!」
「よっし!じゃあこれで出してみようか!」
「部活名は?」
「魔法研究部っ!」
私は天に指を指し高らかに宣言した。
「決まりだね!」
「みんなの目線に堂々逆らっていく…あんたすごいわね」
「そんなに褒めないでよ~」
「まぁ…確かに良い意味でもね」
「悪い意味だった!?」
私たちは部活動設立の旨を先生に伝えた。
「なるほど、優乃ちゃんは例の件で風当たりが悪いから新しく部活を作りたい…と。それはいいのだが…この名前。余計に風当たりが悪くなるんじゃないか?」
「いいえ!私はそうは思いません!むしろ皆を驚かせてやるんだ!見直させてやるんだ!って、そう思ってます」
「緑子ちゃん…君は健気だねぇ。その友達想いの気持ちが生むエネルギーはとても美しい…!見させておくれ!君たちの部活動の行く末を!許可しよう!はい、魔法研究部設立だ!」
「やったー!」
「部長は誰にする?」
「やっぱり魔女の私がやるわ…」
本当は言い出しっぺの私が立候補する予定だったのだが、意外にもその声を上げたのは優乃だった。
「優乃!」
「意外とあなたもノリ気だったんだね。緑子ちゃんはあなたとすごく相性がいいみたいだ」
「う…」
「そうなんです!私たち相性いいんです!」
「自分で言うのはよしなさいよ…」
「じゃあ頑張ってね!私も応援してるから」
「はい!」
「部室と顧問はまた後日決まるからとりあえず席に戻っててね」
「はい!」
私たちは席に戻った。
「うん、大丈夫だったね!」
「よかった」
「…ありがとね」
「当たり前のことじゃない!お礼なんて言わないでいいよ!」
「いや…緑子ちゃんだからできたと思うよ。僕からもお礼を言わせて。ありがとう」
「シィドくんまで…はは…照れるな」
「緑子。やるからには大樹信仰を魔女に染めるまでやるわよ」
「いやほんとに乗り気ね優乃…」
「だって…緑子が作ってくれたんだもの…」
そう言いながら照れくさそうに視線を逸らす優乃を見たら、居ても立ってもいられなくなった!
「うわーっ!優乃ー!」
「こらっ…!お触り禁止…!」
優乃とシィド、それと私。3人で作った部活動は一体どうなるんだろう。まだやることもはっきりとしてないし、みんなになんて言われるかもわからない。それでも確実に、そこには青春が待っている!私にはそう思えて仕方がなかった。何より優乃の笑顔が、それを物語っていたのだから。
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