第2話 青春のはじまり
春の風が吹き桜の花びらが舞う。大樹は年中青々とした葉を茂らせるが、この春の季節は吹き飛ばされた葉と桜の花びらが混じり合い、美しい旋風となって校庭を染め上げる。眼下に広がるグラウンドは砂地と花弁と葉とで見事なモザイクアートを表現している。
「あんた、のんきね」
窓際で頬杖をつきながら外の景色に見蕩れていた私に、いつの間にか隣に立っていた優乃がそう言う。
「なにがぁ?」
「初日っからあんなこと言ってまわりから白い目で見られてるって思わないの?」
「そんなこと言ったって、じゃあどうしろっていうの?縮こまってればいいの~?」
「まぁ…そうね…」
「そうそう。私はね、この桜色の校庭に青春を感じていたんだよ…。だからもういいの。もういいんだよ…」
「……やっぱり気にしてるんじゃない。…まぁいいわ。気が済むまでそうしてなさい」
そう言うと優乃はふいと顔を背け歩き出そうとした。
「あ、待ってよぉ。私の隣にいてよ~」
私は優乃の腕に組み付きここに居留まらせようとした。
「なんで桜を見る子の隣にいなきゃなんないのよ」
「一緒にみるからいいんじゃん~」
「朝からうるさいわよ」
そこにまたあの華やかな少女がやってくる。
「げげ…ローザちゃん…」
「あなた、忠告をきかなかったわね…。あれだけその子と付き合ってはいけませんと言ったのに…」
「言ったっけ?」
「言ってないわ…」
「わかるでしょ!とにかく!緑子さん?あなた、覚悟することね」
「う…」
そう言いながらびしりと音が立ちそうな程私に指を指すと
ローザちゃんは踵を返して去っていってしまった。
「な…なんであの子なんかに友達になる権利をどうこう言われなきゃならないのよ…!」
「まあ、被害者だから…あの子も…」
「え?」
「大樹崩落作戦…。私の兄、紫雷が企てた大樹信仰への反逆事件。その犠牲になったものはあまりに多かったのよ」
「犠牲…」
「ローザは大樹信仰の中でも権威のある家庭の子だと言ったわよね。だから当然あの子の家庭も大きな被害に遭ったわ…」
「それは…どういう内容なの?」
「大樹信仰の崇拝対象である大樹を無くしてしまおうという目的からなる一連のテロ行為のことよ。戦力を削ぐために有力な大樹信仰者の家庭を攻めたり大樹本体に攻撃したり」
「そんな…ひどい…」
「まぁ…そうよね…」
「それじゃあローザちゃんの家族は…」
「ローザの父親は死んだ」
それを聞いて私は沈黙するしかなかった。あの子の態度の理由がわかってしまえば悪く言うこともできなかった。
「無理もないわ。私を責めるのも。だから巻き込まれたくなければあの子がきたら私から離れなさい」
「そうしたら、優乃はひとりで戦わなきゃならなくなる…!私、ずっと優乃といるよ!」
「緑子…」
「ふふふ」
「あんたは怖くないの?大犯罪者の妹よ?」
「だって優乃は何もしてないじゃない!」
「…もし兄の意志を継いでいたとしたら…とか考えないの?」
「…うーん、私はバカだからさ。優乃がひとりになるくらいなら、どこまでも優乃についていこうって思うよ」
「…ふーん」
「それに優乃はいい子だと思ったから!悪いことなんてしないでしょ!」
「……やっぱりお人好しね、あんた。でも嫌いじゃないわ」
「やったー!」
「でもね、あんまり深入りはしない方がいいわよ。これだけは忠告。あんたは大樹信仰をわかってないんだから」
「はーい」
「わかってんのかしら…」
「うんうん!」
「はぁ…」
リンゴーン。リンゴーン。
チャイムが鳴り響いた。キルス先生が教室に入ってきて教壇の前に立つ。
「はい、みなさん。おはようございます」
「おはようございます!」
「昨日は仲の良い友達はできましたか?昨日できなかった人も落ち込まないで、また近くの席になった人と交流を広げていきましょうね」
「やっぱり昨日の席で近かった人同士が結構グループ作ってるね」
「まぁ…そうなるでしょうね」
「さて、じゃあ今日から早速授業が始まりますので、覚悟しておいてもらいましょうかね」
「あーついに始まるんだ!私の青春…!」
「…めんどくさいわね」
「そんなこと言わない!どんな授業だろうと私が教えてあげるからさ!」
2時間後…。
「優乃~!わかんないよ~!!」
「さっきも教えたでしょ。ここは大樹信仰と関わりのある企業団体との提携について取り決められた個人による独占の権利を分配するための…」
「あ~!」
私は耳に手をぱたぱた当てながら声を出す。こうすると喋ってる人の声が面白く聞こえるよ。
「きかないなら教えないわよ…」
「ききます~!!」
「騒がしいわね…」
私が大きな声を出したからか近くの生徒に注意されてしまった。
「あ、ごめんなさい!」
「別にいいわ。それにしてもあんた。さっきから見てると大樹信仰について何も知らないのね」
「えっと…その…はい、その通りです…」
「別に責めてるわけじゃないわ。訊いただけよ。その子と一緒にいるってのもいい証拠だわ」
その子は嫌味ったらしくくすりと笑った。
「いや私は!」
「…いや、緑子。いいの」
「…!でも!」
「あら、わかってて一緒にいるのね。尚更気になったわ。…んー?もしかして、あんた、スパイなんじゃないの?」
「なにを言うの!」
「だってぇ…大樹信仰のことを知らないから内部から潜入調査しにきて、リーダーである破壊思想の魔女に指示を仰ぐスパイ…って感じじゃない?」
「……メリエラ。それ以上言ったら、許さないわよ」
私をけらけらと嘲る彼女に、優乃が凄んだ。
「えっ」
「緑子はただの無知なバカよ…裏切り者でもスパイでもない。でもね、私の友達ではあるのよ。それだけは憶えておきなさい」
優乃は、そんなことを思っていたのか……!
「…ぷっ。友達。友達だって!あの魔女が!あはは!可笑しいの!」
「可笑しくないよ!」
「なによあんた…さっきからうっとおしいわね」
「あなたの方がうっとおしいんだから!」
優乃の気持ちを聞いて尚更引けなくなった私は、その少女に飛びかかろうとした。
「おいお前ら!やめないか!」
間一髪のところでキルス先生が割って入ってきた。
「いくら教室が広いからと言ってもそんな喧嘩されては他の者たちが集中出来んだろう。もう少し静かにしてくれ」
「ご…ごめんなさい…」
「そうよ!出ていきなさいよ!」
「こらメリエラ!私はお前に1番非があると思っているぞ!お前が煽るのを見ていたのだからな!それに授業中に悩み唸る姿はうるさい事でも悪いことでもない!むしろもっと見せてくれ!」
「う…ごめんなさい…」
「先生…ちゃんとみててくれたんですね…!」
「なんか…さらっと気持ち悪いこと言わなかった?この人…」
「よし!仲直りだな!はい、じゃあ先生もう行くから。素直に悩めよ」
キルス先生は教壇へ戻って行った。
「やってくれたわね…」
「あなたが悪いって先生も言ってたもん!」
「もういいでしょ…。2人とも、また先生に叱られる気?」
「こ…今回はここらへんで許してあげるわ…」
メリエラはそれ以降声をかけてこなかった。そして授業は終わった。
「ふぅ…。やっぱり授業は簡単じゃないんだねぇ」
「最初の自信はどこにいったのかしら?」
「ごめんね!ほんとは私が教えるはずだったのに…」
「まあ無理もないわ。大樹信仰の問題ばかりだったもの」
「やっぱりもっとちゃんと勉強してくるべきだった…」
「…ま、ほどほどにしなさいな。その書物に記されていることが…全て真実とも限らないのだから…」
「え?」
「いい点数取りたいなら書いてあることだけでもちょっと覚えておけばいいのよ」
「わかった!」
「あ、ねぇねぇ君たち」
後ろから声をかけられた。
「見てたよ…なんか嫌な目にあってるみたいね」
「どうも…。で、あんたは誰?」
「あ、ボクは…シィド。よろしくね…」
おどおどとした雰囲気の少年だが、嫌がらせを受けていた私たちを心配して声をかけてくれたあたり悪い子ではないだろう。
「うん!よろしく!私は緑子だよ!」
「…優乃よ」
あれ?この子にはちゃんと名乗るんだ。
「あの…ボク…正直大樹信仰については詳しくなくて…それでもあんな態度を取られてる優乃ちゃんたちが…」
「お人好しがひとり増えたみたいね…」
「優しいんだね、シィドくん」
「いや…そんなことないよ…人として当たり前の事じゃないか」
「…あまり言うべきでは無いかもしれないけれど、あなたも損をするだけよ?私に関わるってことは大樹信仰に背くことになりかねないのだから」
「それでも…やっぱりおかしいと思うんだ。先生だって思ってるはずだもの。だから緑子ちゃんを責めなかったんじゃないの?」
「なかなか見てるわね」
「あんなのに媚びへつらって新しく大樹信仰に染まるくらいなら、君たちと正しい在り方を貫きたい」
「ふふ…こんな学園まで来てあんたも自分の信念を貫くのね」
「よっし!じゃあこうしよう!私たちは私たちの青春をする!」
唐突に私が思い切った提案をしてみる。
「え?」
「だから!あーいう連中には言わせておいて、私たちはこの信念を絶対曲げないの!」
「大樹信仰系列の学園で、大樹信仰に背いて過ごすってこと?」
「そーいうこと!」
「まぁ…ほんとはそんなカゲキなことじゃないと思うけど…この子の言い方が悪いわね。要するに、私たちは私たちの勢力を作れってことでしょ?」
「そーいうこと!」
「なるほど!確かに大樹信仰に携わってきた子じゃなければ優乃ちゃんのことを悪く言わないはず!」
「まぁ、実際は勇気のいることだと思うわよ。裏切り者の受け入れなんて…」
「裏切り者って、それはだから、どういうことなの…?」
「教えてあげるわ…」
優乃はシィドに例の話をした。
「そんなの…優乃ちゃんは悪くないじゃないか!」
シィドも泣いていた。
「やっぱりあんたらお人好しなのね…」
「だから~!優乃がそれほどかわいそうだってことなの!」
「……そうなのね」
「そう!」
「優乃ちゃん…教えてくれてありがとう…。君の話を知らなければ、ボクはきっと騙されていたかもしれない…」
「これも騙しているかもよ?」
「ひねくれてるんだから!」
「君たちを見てればわかるよ…どちらが正しいかなんて」
「…シィド」
「じゃあシィドくんも友達だ!」
「いいの?」
「いいに決まってるじゃん!」
「ありがとう!」
「でもあんたも…いじめられるのが怖くなったら、すぐに離れなさいよ」
「大丈夫!ボクらの方が正しいんだから!」
「そう…」
シィドくんはにこりと微笑んだ。私たちは孤立しない。こんな風に心配してくれる仲間がきっとまだまだいるに違いない。優乃はもうひとりじゃない。それを証明するために、私、青春はじめます!妥協した青春じゃなくて、思いっきり笑い合える、最高の青春を!
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