2章 最高の友達
第4話 貴き者の義務
見栄ばかり張っていたら、きっと周りは呆れてしまうんです。私はいつだって誇り高い存在でした。弱い者には手を差し伸べ、強い者には公平を問う。それが当たり前のこと。ノブレス・オブリージュを私に説いてくれた父は私が誰よりも尊敬する人でした。
幼い頃から私は父の考えを教わり、それこそが最も人を救うのだと信じていました。私は恵まれている。そのことを絶対に忘れてはいけません。生まれ持った貴族という立場に驕らず、貧困に喘ぐ人々や権力が無く泣き寝入りする人々を助けなくてはいけません。だから私はどんな時も人に優しく、そして品のある態度を心がけてきました。
ですが…あの忌まわしい事件は、私から全てを奪っていきました。私が信じてきたもの。友情。愛。希望。そして、最も尊敬する人でさえ…。
「あら、優乃ちゃん。ごきげんよう」
「あ、おはよ」
「ふふふ、今日も元気そうね」
「あなたもね。ふふふ」
私と優乃ちゃんは幼なじみ。珍しい和形文字の使われた名を持つので私のお気に入りの友人だった。
「ね、優乃ちゃん。今日も一緒に遊びましょうよ」
「いいわよ。じゃあうちにおいで」
「ありがとう!それじゃあ後で伺いますわ!」
私はウキウキしながら家に帰ると少しオシャレをして優乃ちゃんの家に行った。
「あら、ローザちゃん。いらっしゃい」
「あ、おばさま!ごきげんよう!」
優乃ちゃんの家は私たちとは趣が違う。木造で謙虚さを併せ持ちながらその実豪奢な素材や装飾が見え隠れしており、まさしく貴族の住む家に違いなかった。しかしギラギラとしていない暖かみのある優乃ちゃんの家が、私は大好きだった。
「優乃ちゃん、来てたんだ」
「紫雷さま!」
極めつけは優乃ちゃんのお兄様、紫雷さま!紳士的かつ豪胆なその性格の快活さに私は惹かれているのだった。
「お兄ちゃん、あっち行っててよ」
「はいはい。じゃあごゆっくり」
私ににっこりと笑うと紫雷さまは向こうに行ってしまった…。残念…。
「ねぇローザ。今日は何して遊ぶ?」
「そうねぇ…」
私たちは日が暮れるまで語らうのだった。
「じゃ、またね」
「あ、ねぇ優乃ちゃん」
「どうしたの?」
「いや…やっぱり明日!またね!」
「うん!ちょっと気になるけど聞かないであげる!」
「えへへ、ごめんね。それではごきげんよう!」
月末にダンスパーティーがある。私はそれに優乃ちゃんを誘おうと思ったのだった。でもまだ日はあるし別れ際に言うべきことじゃない。私は日を改めようと思い言わないことにしたのだった。
ローザちゃんと私が出会ったのは3歳の時。親同士が大樹信仰の権力者だったため信者交流会のパーティ会場で出会った。
「ねぇ…つまんない」
「ローザ。こういう時でも凛と構えているのが貴族だ。…向こうに他の方のお子様たちもいる。挨拶してくるといいだろう」
「いってくる!」
当時の私はまだ父の教えを理解出来ておらずわがままで泣き虫だった。子どもだったとはいえ今思えば情けなかったと思う。
「ごきげんよう!」
「ごきげんよう!」
みんな覚えたての挨拶を得意げに披露する。
「あたしのパパはね、すごいんだよ!」
「ぼくんちだって!」
「うちもうちも!」
親の権力だけは子どもながらに知っている。だから私たちはみんな1番になりたがった。
「あたしのうちがいちばんなのっ!」
「ちがうって!」
「うるさいっ!」
主張が通らないとすぐに手が出る。子どもだから仕方ないとはいえ、私はあの時他の貴族の子どもを叩いてしまった。
「あ、ぶった!」
「え~ん!」
「なかした~!」
「あんたなんかとはあそんであげない!」
「あやまれ!」
「そうだそうだ!」
叩いた子が泣き出すと途端に周囲は私を非難し始める。
「ちがうもん…だってあたしがいちばんなんだもん…。」
「ひとをなかすような子はいちばんじゃないよ!」
「かえれ!」
「うぅ…うわぁぁあぁん!」
それに耐えきれず私は泣き出してしまった。
「やめなさいよ」
「なによあんた?」
そんな時に現れたのが優乃ちゃんだった。
「たしかにこの子はまちがったことをしたかもしれない。でも次はあなたたちがおなじことをやってるのよ」
「だってこの子がわるい!」
「わたしたちはひろいこころとうつわをもつべきでしょう?」
「う…」
優乃ちゃんのその言葉にみんな反論することが出来なかった。
「だいじょうぶ?」
「うぅ…うん…」
「わたしは優乃。おともだちになりましょう」
「うん!あたしローザ!」
「…ごめん。ぼくたちもわるかった。ともだちになろ」
「うちも!」
「うん!わたしもごめんなさい!なかよくしよ!」
私は優乃ちゃんがいなければきっと孤立してしまっていただろう。貴族にとっては社交が重要だ。関係が悪いままでは将来絶対に不利になる。私は優乃ちゃんに救われたのだ。優乃ちゃんのおかげでみんなとも友達になり、先程までの空気はどこへやらみんなで笑いあった。
「何やらもめていたようだが解決したようだな」
「なに、子どもたちですから。些細なことで喧嘩しても5秒経てば忘れてますよ」
「その言い方は少し嫌味ですな」
「これは失言。忘れてくだされ」
大人たちも私たちを見て何か話して笑っていた。
「ごきげんよう優乃ちゃん」
私は昨日言いかけたことを優乃ちゃんに伝えようとしていた。しかし…。
「あ、ローザ…。ごめんね、今日は具合悪くて…」
優乃ちゃんの顔色が酷く悪かった。
「大丈夫ですの!?酷い顔色ですわよ…」
「うん…ちょっと…ね」
事情を言わないところをみると言い難いことなのだろうか。それとも体調が悪くても原因がわからないのか…。前者ならば構うべきではないだろうが後者ならばついていてやらねば優乃ちゃんが心配だ…。私はもしものことを考えて優乃ちゃんをしっかりサポートすることにしたのだった。
「今日はおとなしくしてらしてね!私が面倒見てあげますから!」
「ありがと…ローザ…」
今日の優乃ちゃんはなんだかとても脱力していた。ノートもほとんど取れてなかったようなので私が書いたノートの内容をさらに優乃ちゃんのノートにも書いてあげた。
「……ふぅ…」
何度も悩ましげにため息を吐くのが気にかかる。優乃ちゃんは私に理由を教えてくれるだろうか…。
「ね、優乃ちゃん…」
「ん?」
「もしよかったらですけれど…教えてくれませんか…?」
「……だから…具合が悪いんだって…」
気怠いからかやや強めの回答が帰ってきて私は少し怖気付いてしまった。
「そう…ですか」
「……ごめんね」
「……えぇ」
教室には吹き抜ける風の音だけが残った。机に突っ伏した優乃ちゃんを、私はいつまでも見つめているのだった。
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