序章 第三話 並び立つは天賦の才

橄欖礼院 競技場

学院の施設の中で最も広い施設、左右に観客席があり、中央の舞台がどこからでも観えるように数十段で席が設置されている。

中央には舞台があり、そこで試験が行われる。


実技試験は『魔術試験』と『剣術試験』とで日程が2日間に分けられ、これから始まる魔術試験は学院を代表する伝統的な名物として、長らくその試験内容は変わっていない。。

内容は魔術を行使して学院が用意した土塊造兵ストーンゴーレムを破壊もしくは稼働停止状態にする事ができれば合格となる。

簡単な話、『核となる魔力核を停止させる』という試験内容なのだが、ここで障害になるものがいくつかある。

まず、造兵ゴーレムを構成する物質が土や石だけでなく、鉄やコベル鉱などの金属が混ざることでその強度が高くなっている。そして、極少量ではあるが魔力を不活性化させる特殊な魔石を埋め込まれた個体もおり、中級魔術でも威力や出力が足りなければ打ち消されてしまう。

その為、それぞれの個体に対して、対応した魔術と十分な威力を持った魔術を行使しなければならない。


魔術の使用許可証がない今の状況で、不規則に召喚される造兵が例の個体であれば、自分は何もできずに終わってしまう。

不安ではあるが、ここまでくれば出たところ勝負である。


(まさか、試験で運を試されるとは思わなかった)


「さて、これより学期末魔術実技試験を始める!試験者は呼ばれた者から順番に舞台に上がり、前方の転送陣から召喚された土塊造兵を制限時間10分以内に破壊もしくは稼働停止状態にする事!以上だ!」


舞台に整列した大勢の生徒を前に、試験の説明が終わる。今期の魔術試験を担当する四人の教師、どの人も数十年以上この学院で魔術学の教鞭を振るう熟練の魔術師だ。


件のロッカーの事を思い出す。

教師との面識はあっても、交流はない。それで恨みを買うような事があるとすれば、ただ"気に入らない"という単純な理由だ。

その思考に至りそうな人物といえば、貴族出身の男性教師が一人くらいか。ただ、試験間近にそんなことをいちいち気にするとは思えない。


「それでは一人目!壇上へ!」


試験官の教師が呼びかけ、壇上へ最初の生徒が上がっていく。

ついに、試験が始まった。




試験を受ける生徒はおよそ五十名、その全員が受け終わる頃には日が暮れているだろう。

そんな事を思いつつ、試験を控えている生徒の顔ぶれを確認する。

魔術試験は誰でも受けられる訳ではない、学術試験で合格した上位50名が試験資格を得られ、そのなかでもやはり貴族派閥は上位に位置づいていることがわかる。


学年主席オランジェ・ド・ギュールズ

言わずと知れた魔術師の名門ギュールズ家の一人娘、今回の試験の最有力候補の一人。自分が唯一顔見知りといえる人物。

見たところ、だいぶ落ち着いている。


ベルナール・ド・オーア

聖国イェルシャーラムの名門貴族『金獅子の一族』オーア家。

大昔に聖炬火騎士団の騎士長が自身の家名の象徴といえる部隊『金獅子部隊』を作り、そこから教会にも影響力を持ったとされる。近年は騎士団で名が挙がっていないところをみると、その程度が知れる。


(ともあれ、一番注目すべきはあの人か)


観客席をみると派閥ごとに生徒が分かれているのだが、その中央に一人だけ、どの派閥にも属さず、取り巻きもいない生徒がいた。

纏っている雰囲気が学生のそれでなく、刺々しい気配を漂わせている。


(レナード・フォン・セーブル…)


『セーブル家』

聖炬火騎士団を調べるにあたって、その名を何度が見たことがある。

騎士団の主力部隊の一つ【聖闘熊アンダルタ】、その現部隊長をはじめ、歴代の騎士団の団員で優秀な人物の中にはこの名がよく目立っていた。

彼もまた、騎士の名門と言われるの名に恥じない実力も持っている。おそらく学院で騎士団へ最も近い人物だろう。


色々と観察しているうちに何人か終わっていた様だった。交代して、次の舞台に上がってくる生徒は見覚えがあり、少しげんなりした。


「主役はあとから登場するのですが、華やかに決めてみせましょう!

このベルナール・ド・オーアが、貴族の魔術というものを!」


随分と大見得を切ったものだ。

取り巻きの集団は盛り上がっているようだが、他の生徒は微妙な反応をしている。

それでも、高順位の生徒は真剣な眼差しで彼を注視していた。

確かに、曲がりなりにもオーア家の嫡子。

体から流れている魔力の量は相当なものだとわかる。


それでは試験を開始します、その一言を合図に召喚陣から土塊造兵が現れる。

造兵は基本的に直立の状態を維持している。半径5メートル以内に近づいた対象に振り払いか振り下ろしの動作を行うため、近距離で戦うやり方は難しい。つまり、適切な距離から中級以上の魔術を造兵に与えることが効率が良いとされるが。



ベルナールが杖を構える。

呪文を唱えると同時に魔力が揺らめき、杖に集められる。魔術は火、水、風、土、無の五つの元素をから五大魔術と呼ばれ、個人によって得意な系統がある。

魔術試験では自らの得意系統を伸ばし、その真価を発揮する。

ベルナールは、火系統魔術が得意のようだ。


『猛き炎よ』


杖を構える。

その先に魔力が収束し、魔術式が構築された。


『荒れ狂う炎渦となって、聳え立つ巨壁を砕く大火球となれ!【爆炎弾エクスプロード】』


その瞬間、魔力は煌々と燃える炎の渦になった。

渦が収束し、凝縮された火球となり、轟音と共に前方へ打ち出される。


ドゴォン!!


火球は胴体に着弾し、勢いよく爆発した。胴体に巨大な風穴を開けられた巨体は、その上半身を支えることができなくなり、無惨に崩れ去っていった。周囲の床も粉々になっているところをみると、その威力が相当なものだとわかる。

火系統中級魔術【爆炎弾】

土系統魔術である土塊造兵に対して、爆発の性質を持つ魔術は最も有効的だ。そこに得意系統と圧倒的な魔力量を合わせれば、その効果は絶大だろう。


「ふん、このくらい造作もないですね」


観客席に手を振りながら、意気揚々と帰っていく。

今まで試験を受けていた生徒の中では、相当な実力を持っているが、魔力量に任せてた力技のようだった。


(魔力に余裕はあっても、やはり中級魔術でなければ、あの岩でできた巨体は破壊できないか)


許可証がなく、習得している下級魔術を駆使して挑むしかない今の状況は自分が思うより厳しい。

そうして、色々考えを巡らせていると、知った顔がもう一人舞台に上がっていた。



(今までの試験を見た感じ、10人中1人の確率で例の個体に当たっている)


もれなくそれに当たった生徒は、魔術を妨害されて時間を使い切って不合格になっている。

恐らく次かその次くらいに出てくる気がする。

あくまでも用意された造兵は不規則で召喚されるようだが、


(私、こういった時の悪運だけは強いのよね…)


妙な重圧プレッシャーがかかる。

ベルナールの試験を見て思った、彼もこの重圧を感じていたのだろうか。

貴族としての矜持、周りからの羨望と期待、もしも自分が失敗したらという恐怖は重荷となってのし掛かってくる。

この状況を乗り切った彼は、精神的にも強い。

でも、私も負けられない。


階段を上がる、その脚が震える。

この場に立てば、後戻りはできない。

ただ、今は前へ進むことだけを考えよう。


「オランジェ・ド・ギュールズです、お願いします!」




舞台上に立つ彼女の勇ましい姿に、観客席から黄色い声援が飛ぶ。

普段の彼女であれば、その声援にも応えるのだが、今日は振り向く事もせず、目の前の試験に集中している。


教師の掛け声を合図に、舞台の中央の召喚陣が発動する。召喚された造兵は見たところ、他の個体と変わらないようだった。


杖を構える。

展開された魔術式は二重。魔術は異なる系統をいくつか重ねることで新たな系統を作り出すことができる。

上空に収束された魔力が一定の空間に水分を集める、そして、急速に冷却されできた氷は三本の槍に形を変えた。


『氷槍よ、我が道を阻む巨像を穿て!

氷天槍アイシクルスピア】!』


次の瞬間、造兵を目掛けて氷の槍が勢いよく飛んでいく。そして、三本の槍がその胴体に着弾する瞬間、金属同士がぶつかる様な異音がした。

そして、胴体を貫通するはずの槍は、切先から塵のように砕け散った。


会場がどよめく。

見た限り、彼女の魔術は正常に発動していた。

着弾すれば、胴体を貫いて粉々にしていただろう氷の槍が直撃した瞬間に脆く崩れ去った。

となれば、要因は魔術ではなく土塊造兵そのものにある。


(魔除石…)


正式名称を黒目瑪瑙オニキサイトというこの鉱物は魔石に分類される。

魔力を蓄えた鉱物を魔石というが、この石は少し特殊で魔力を反射する特性を持っている。そのため、魔力で構築された物体が石に触れれば崩れ、火や水などの魔力で変換された魔術が触れれば分散されてしまう。

それでも効力は永続ではない、威力が伴えば魔除石を魔術で砕く事もできる。ただ、先ほどの魔術で貫けないということは、


(石は一つじゃなく、複数個ある)


先ほどまでの試験をみた感じ、ここまで強力な魔術阻害は受けていなかった。

まさか、ここまで運が悪いとは自分でも笑ってしまう。


魔除石同士が反発することは無い。その原理として、他の魔力に反応した時に特殊な魔力波が発せられ、それが魔術を阻害する原因となっている。

その波が一つだけならまだしも、複数個の波が重なれば波は複雑になり、より強力な阻害を受けることになる。

中級魔術はおろか、上級魔術でもこの阻害を突破するのは至難の業だ。


(ずっと考えていても埒が開かない…

まずは、石の在処を探す!)


杖を振り上げ、連続して魔術を行使する。

上空の大気が冷やされ、無数の氷の礫が生成される。


『氷の礫よ!

幾重にも降り注ぎ、敵を砕け【雹連弾アイシクルバレッド】!』


打ち出された雹の弾丸が衝突する。

胴体だけでなく、造兵の全体に降り注ぎ、その魔石の反響する範囲を絞っていく。

弾丸を徐々に胴体に集中していくと、先ほどの異音がする。弾く個数が多い分、その音の間隔は短い。反響する音の鳴り方から数と大まかな位置を探る。


(やはり胴体の中心に、三つある)


造兵には動力源となる魔力核、その魔力が尽きない限り、破損した外装は徐々に再生する。先ほど放った雹連弾で頭部や腕の部分にひびが入っていたが、いまは塞がりつつある。

活動を停止させるには、核を破壊するしかない。


構えた杖を下ろす。

その姿をみた観客席の生徒は、諦めたのかと思い、話し声が増えていった。

その雑音を遮るように、目を閉じる。


(上手くいくかは分からないけど…)


自分の中に流れる魔力を感じる。

焦りからか始まる前まで制御していた魔力の流れが大きくなっていた。

はやる気持ちを抑え、魔力を体に纏うように、その流れを留める。


今の魔力量であれば、自分の扱える限界の上級魔術を行使することができる。

成功するかは七割だが、やるしかない。


『氷槍よ、蒼天に翻し巨壁を穿つ三叉の槍と化せ』


魔術式が三つ展開されると、空中に氷の槍が生成される。

先ほどと違うのが、一本の槍が徐々に大きくなり、その切先が三叉の槍に変化していく。


『黒雲よ、蒼天を覆い雷を纏いて現れよ』


更に三つの魔術式が三叉槍の周囲に展開される。槍の周りを黒い雲が包み込む、雲の中は雷が発生して氷の内部が発光する。

そして、槍が雷雲を纏うように回転する。


『荒ぶれ雷帝よ!三叉の氷槍を放ち、我が道を阻む全てを穿て!

雷帝三叉槍トリアイナ】!!』


杖を振り下ろした瞬間、雷が落ちるような轟音が鳴り響く。

目にも止まらぬ速さで造兵の胴体に直撃した三叉の槍は、その勢いをそのままに拮抗している。

ギィィイン!と鋭い反響音がこだまする。迫り来る槍を阻もうと波打っているが、徐々にその後は鈍くなっていく。


「いい加減に、砕けろ!!」


さらに、槍に魔力を込める。

この一撃に、ありったけの魔力を込めて!


あまりの勢いに造兵の巨体が後ろへと押されていく。そして、軋む音から確実に何かがひび割れた音がした。


そして、その瞬間、轟音と共に競技場が揺れ動いた。

氷の三叉槍は、その胴体に大きな風穴を開け、舞台上の地面に着弾して一部を粉々にした。


「オランジェ・ド・ギュールズ、合格!」


束の間の静寂から、大きな歓声が上がる。

集中の糸が切れ、一気に疲労が襲ってくるようだった。

自分の放った魔術の跡をみると、確かに貫かれた部分には黒く光る黒目瑪瑙があった。


(なんて意地の悪い試験だ…)


それでも、確かな手応えを感じた。


上級混成魔術【雷帝三叉槍】

氷系統上級魔術【氷大槍アイシクルランス】と雷系統中級魔術【黒雷雲エレクトロクラウド】の二つの魔術を合わせた混成魔術。

魔術式の多重展開により、異なる系統の魔術を組み合わせる技術。高位の魔術にも劣らない威力を発揮する。しかし、精度の高い魔力操作とそれを構築して維持する強い精神力が必要となるため、上級魔術師でもその行使は容易ではない。


学院創立から三百年もの間、数十年に一度現れるという才能の器"天賦者タレンテッド"がまた一人ここに誕生した。




「舞台を修復するため、一時試験を中断します!」


先生たちが舞台へとやってきて、総出で舞台を修復しにきた。

自分の起こしたことだが、かなり気分が昂揚している。数ヶ月前までは学院で教えてもらう上級魔術までが自分の限界だった。

"全ての系統魔術"を扱えても、自分の魔力の総量が上級魔術を扱うのに心許なかった。


それを、あの出来事があってから。

あの人が、自分に足りないものを気付かせてくれた。


舞台を降りると、一人の生徒が待機していた。


「先ほどの魔術、お見事でした」


「ありがとうございます!

…今まで出来なかったことが、出来るようになること程嬉しいことはないですね。

本当に…ありがとうございます」


生徒は少し首を傾げた。

分かるはずもない事だが、自分でも可笑しくなる。それでも、きっかけになってくれたは事実なのだと、彼に敬意を示すべきだ。


「頑張ってくださいね」


真っ直ぐにその瞳を見つめる。

この逆境に立たされても、一切の動揺も不安も感じられない。彼の眼には、私の知らない世界が見えているのだ。


見てみたい。

あの時のような衝撃を、私は期待している。

彼ならばその想像を超えてくると、本気で信じている。


預けた杖を携えて、舞台へと上がってく彼の背中は、いつも虐げられていた少年のそれでなく、強者の風格を魅せていた。

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