第44話 魔王の心臓②

「ちなみに先代様は、スペア心臓を抜き取ったとき、半日ほど昏倒されておりました」

「おい、コラ。他人事だと思って涼しい顔で言うな」


 今、わたしたちは海溝に続く小さな祠の前にいる。



 魔王様とメフィスト様を案内して深海へと帰ってきたときに、お姉さまたちは驚いて「本人連れてきちゃったの!?」と言った。

 おまけにわたしが、魔王様と結婚することになったと報告したものだから、「はあ?何言ってんの!心臓どうすんの!?」という大騒ぎになってしまい、それをメフィスト様がそつなく収めてくれて助かった。


 セイレーンにはもともと、どんなことでも知っている「おばば様」がいたのだけれど、魔王様が代替わりしたのと同時期に、その長い長い寿命を全うして召されてしまった。

 セイレーンが魔王様と海溝とのつながりに関して、あやふやな情報しか持ち合わせていなかったのはこのためだ。

 極秘事項なのだから、詳細を知っていたのは多分おばば様だけだったのだと思う。

 


「ではパール様はここでお待ちください」


 祠の入り口で止められたわたしは、おずおずと申し出た。

「あの、わたしも同行してはいけませんか?」

 

「大丈夫だパール、ここで待っていてくれ。おまえに情けない姿は見せられな……いや、何でもない。すぐ戻る」


 魔王様の大切な儀式に同行するのは、さすがにわがままだっただろうか。それならばせめて、笑顔で送り出そうと精いっぱいの笑顔で告げる。

「わかりました。いってらっしゃいませ、魔王様」


「いってくる」

 魔王様は牙を見せてニッと笑うとマントを翻してメフィスト様と共に祠の奥へと消えて行った。

 

 

 どれぐらい時間が経ったのだろうか。

 ずいぶん長かったように思うのは気のせいだろうか。


 メフィスト様は魔王様を軽々とお姫様抱っこして戻ってきた。

 魔王様の顔は真っ白で血の気がなくグッタリとしていたけれど、メフィスト様は満足げに笑っている。

「大変ご立派でしたよ。ここだけの話、少し見直しました。止血に手間取ってしまって、お待たせして申し訳ありませんでした」


 魔王様はピクリとも動かない。

「魔王様は大丈夫なんでしょうか」

 近寄って魔王様の手を握ると、とても冷たかった。


「大丈夫です。魔王様はまだお若くて血気盛んなお年頃というか、最近盛ってばかりいたからというか、出血が多かっただけですので、パール様がつきっきりで看病してくだされば、すぐに元気になると思いますよ」


「こんな、何もできないわたしが王妃になんてなっていいんでしょうか?魔王様はここまでしてくださっているのに、わたしはあまりにも不釣り合いです…」


 わたしが不安を口にすると、メフィスト様はとんでもないと言って首を横に振った。

「パール様、あなたでなければだめなんですよ。魔王様はあなたと出会ってから執務に積極的に取り組むようになって、随分と変わられたんですよ。それまでは『魔王になんてなりたくなかった』が口癖で、引継書ですらまともに読まずにすぐに仕事をほったらかしにして逃げ出してらっしゃいましたからね。パール様のおかげです。ですから、自信をお持ちください。あなたが魔王様の側にいていただかなければ私も困ります」


 わたしとメフィスト様は話をしながら魔王様をウォーターベッドへと運んだ。


「さてと、私は深海に赴いたついでに、クラーケンさんと『勇者様の冒険シナリオ』の打ち合わせをしてから先に魔王城に戻りますので。魔王様がお目覚めになったら、のんびり戻っていらしてくださいね」

 メフィスト様はにっこり微笑むと、お姉さまたちとも挨拶を交わして一足先に帰っていった。



 魔王様の体はとても冷たかったけれど、表情に苦痛の色はなく、深く眠って体を回復させているように見えた。


「魔王様、ありがとうございます」


 わたしは、眠る魔王様にそっと口づけた。



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