第42話 深海の秘密⑤

 魔王様の寝室のベッドの上で、魔王様から後ろ抱きにされて座っている。

 就寝するにはまだかなり早い時間帯だった。


「ベリアル様がいないと、何だか寂しいですね」

 昨夜までの数日間、魔王様とベリアル様と一緒に、まるで親子のように川の字になって寝ていたことがすでに懐かしく思えて、少ししんみりしてしまう。


「俺は嬉しい。これからは毎晩パールとふたりっきりだからな」

「え?毎晩?」

 もうベリアル様がいないのに?


 姿勢をかえて魔王様に向き直ると、ちゅっと不意打ちの口づけが降ってきた。


「ほかの花嫁候補はみんな辞退したから、もうパールしかいない。嫌か?」

 少し拗ねたように言う魔王様がかわいくて、思わずうふふっと笑いながらかぶり振った。

「嬉しいです」


 嫌であるはずがない。

 セイレーン一族の存亡と魔王様への想いを天秤にかけるような、どちらに対してもおこがましいことをしてまで魔王様のそばにいたいと思っているほど好きで好きでしょうがないのだから。


「でも魔王様、わたしはベリアル様を危険にさらしてしまいました。

 きっと、わたしたちがチョウを連れて森へ入ったのがいけなかったんです。フローラさんもチョウのことをとても怖がっていたのに、わたしったら気遣いが足りなくて…」

 

 こんな頼りないわたしが、魔王様の花嫁になどなれるはずがない。

 悲しくなってきて目を伏せると、魔王様がいつもより強く抱きしめてくれた。


「気にするな。それだけが原因ではなさそうだから、パールのせいではない」

 耳に優しく響く低い声と、わたしの背中をトントンと優しく叩いて落ち着かせてくれる大きな手が心地いい。


 でも、今夜はこれに流されて甘えてはだめだ。

 わたしはようやく意を決して顔を上げ、魔王様を真っすぐ見つめて告げた。


「魔王様、お話ししたいことがございます」



 これまで何度も言おうとして、どうしても言えなかったことを、先代様の「そのまま素直に打ち明ければよい」というアドバイスに後押しされて、ようやく正直に魔王様に打ち明けた。


 セイレーンの棲み処である海の環境破壊と地殻変動が進み、このままではセイレーンが暮らせなくなってしまうこと。

 それを食い止めるために、魔王様の心臓が必要なこと。

 本当は、花嫁候補として魔王城へ来たわけではなく、刺し違えるぐらいの覚悟で魔王様の心臓をいただきに来たこと。

 それなのに……


「それなのに、わたしは…魔王様の優しさやお仕事に懸命に取り組んでいらっしゃるお姿に触れるにつれてどんどん魔王様のことが大好きになってしまって……そもそも、魔王様の心臓をいただくだなんて、なんて大それたことを考えていたのか…」


 どうにかここまで、つかえながらも話し続けてきたけれど、ついに涙があふれた。


「こうなったらもう…わたし自身が海溝に身投げしてどうにかなるなら……そう思ったこともあったけど、そんなことをしてもきっと無駄死にするだけだし…もうどうしたら……」


 喉も胸もお腹も、どこもかしこもがキュウキュウ締め付けられているような感覚で息苦しい。

 涙で歪む視界でどうにか魔王様を見つめようとしたけれど、いま魔王様がどんな表情でわたしの話を聞いているのかすら、ぼやけてわからなかった。


 すると、ずっと黙って頷きながらわたしの話を聞いていた魔王様が手を伸ばしてきて、震えるわたしを抱き寄せた。

「大丈夫だパール。身投げなんてする必要ない」


 魔王様は「もう泣くな」と笑いながら涙を拭ってくれた。

「これは極秘事項なんだが、パールは俺の嫁になる予定だから特別に教えてやる。魔王の直系は心臓がふたつあるんだ。そして魔王の役目を継承した時に、そのうちのひとつを海溝に奉納する。これは実は、海溝にスペアの心臓を隠しておくのが一番の目的で、大事に見守ってもらう見返りに深海の住環境を整えているという持ちつ持たれつの関係だ。

 俺が不甲斐ないばかりに遅くなってすまなかった。明日一緒にスペアの心臓を奉納しに行こう。それが無事に終わってここへ戻ってきたら、俺の嫁になれ、パール」


 衝撃的な極秘情報を聞いた上にプロポーズまでされて頭の処理が追い付かず「はい…魔王様」と答えるのがやっとだった。

 そんなわたしに、魔王様はそっと優しく口づけたのだった。



 お姉さま、明日、魔王様と一緒に深海へ帰ります!

  

 

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