第38話 深海の秘密①
顔をぺちぺち叩かれている感覚で目を開けると、ベリアル様が寝ているわたしを覗き込みながら実際にわたしの頬をぺちぺち叩いていた。
わたしはガバっと起き上がり、ベリアル様のぷくぷくの小さな手を握った。
「よかった…ご無事で何よりです。怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」
ベリアル様を抱きしめると、わたしの胸元に顔をうずめて「だあだあっ!」と元気な声をあげる様子を見て安堵した。
迷いの森で襲われて、歌で眠らせて、それから……。
そういえば、ここはどこだろう?
「ベリアル様、チョウはどうなりました?」
「だぅっ!」
ベリアル様が窓の外を指さした。
ベッドから出て窓辺へと行き、外を眺めると、色とりどりの花が咲き誇る庭を優雅に飛び回る2匹の黒いチョウがいた。
「まあ、素敵。ここはどこでしょう?」
「ここは先代の魔王夫婦が暮らす離宮ですよ」
後ろから声をかけられて驚いて振り返ると、銀色の長い髪を揺らしながら部屋に入ってくる美しすぎるハイエルフがいた。
そして、その横には、漆黒の髪と真紅の双眸を持つ強面のオジサマがいて、この二人が誰なのかと考えるまでもなく、すぐにわかった。
わたしは、最近ようやくすんなりできるようになった最敬礼の姿勢――両膝と額を床つけて「セイレーンのパールと申します。この度は、ご子息のベリアル様を危険な目にあわせてしまい誠に申し訳ございませんでした」
「その姿勢はとらなくてもよい。もう我々は、かしずかれる立場ではない」
低い声が響いた。
「見事な歌声でしたわ。迷いの森の魔物たちがみんなグッスリ寝てしまうんですもの」
先代の王妃様が立ち上がろうとしているわたしに手を貸してくれた。
「あんなに大きな声を出したのは初めてでした。ベリアル様がご無事でホッとしました。でも、ベリアル様のバッグと中身を置いて来てしまって……」
マンドレイクのツルでバギーが持ち上げられ、地面に打ち付けられたときにバッグの中身も全て散らばって、でもそれを拾い集める余裕などないままに逃げたのだ。
「大丈夫ですよ、回収してきましたから」
慈悲深い優しい微笑みでそう言われて、思わず安堵の涙がこぼれた。
「強くてかわいらしいお嬢さんね。あの子にはもったいないぐらいだわ。そろそろあの子があなたのことを迎えにくるんじゃないかしら。本当はもっといてもらいたいところなんだけど、わたしたちはすでに居ないはずの存在だから、あなたのこともあまり引き留められなくて残念だわ」
優しく抱きしめられていたその腕から離れ、わたしは、厚かましいお願いしをしてみた。
「ひとつ、お伺いしたことがあるんですが!」
*******
魔王様とメフィスト様が迎えに来たという知らせが来て、わたしはひとりで門を出た。
魔王様は、先代様と顔を合わせてはならないというきまりがあるらしい。
本当はお互い、会いたいはずだ。
ご夫婦ともにお元気でしたよと少しでも早く伝えたくて「魔王様!」と呼び掛けて走り出した途端、つまずいてしまった。
あっ!と思った直後に、魔王様に抱きしめられていた。
「パール、派手にやらかしたらしいな」
「はい、魔王様。最後は、先代様に助けていただきました。ご夫婦ともにとってもお元気で、素敵で、仲がおよろしくて、わたし…――!」
言いたかったことを全て伝え終える前に、わたしの唇は魔王様の唇に塞がれてしまった。
間近に見える長いまつ毛にうっとりしながら、わたしもそっと目を閉じた。
お姉さま、パールは先代様ご夫婦のような素敵な夫婦になりたいです。もちろんそのお相手は、魔王様です!
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