第36話 陰謀⑧
メフィストに不意打ちで突き飛ばされたフローラは、プールの中へ落ちる寸前に空中にスーッと浮かび上がった。
メフィストはその様子を驚くわけでもなく、相変わらずの余裕の微笑みで見つめている。
「やっぱりあなた、飛べるんですね。動きもとても機敏だ。魔王様の前で、か弱く動きも鈍いフリをしていたのは、そのほうが坊ちゃん好みだと思ったからでしょう?狙いはよかったんですけどねぇ、あなたの誤算は、本物の庇護欲を駆り立てられるライバルが現れてしまったことですね。パール様の可憐さとひたむきさの前では、偽りのか弱さなどかすんでしまう。現に魔王様は、初めからあなたなど全く眼中にありませんでしたから」
くつくつと笑うメフィストを、これまで無表情だったフローラは悔し気に睨みつけた。
「でも、魔王様はわたくしにツノを賜ってくださいましたわ」
「ええ、だってそれは、餞別でしょう?あなた今朝、魔王様からパール様を花嫁にすると聞いていますよね?魔王様は何もかもご存知ですよ。あなたがサイコキネシスで飛べることも、おしゃべりマッシュルームを使って王城内によからぬ噂を流し続けていたこともね」
驚いている様子のフローラをニヤニヤ笑って見つめながらメフィストは心の中でつぶやいた。
魔王様が羽を売るために変装して王城内をコソコソ歩き回るのも、あながち悪いことばかりではありませんねぇ。
そのおかげで部屋に籠っているはずのフローラ様が廊下を高速で飛んでおしゃべりマッシュルームに会いに行っていることにも気づいたのだし、愚かなマッシュルームどもはそれが魔王様だとは気づかずにパール様の悪評をささやいたんですから。
「なんで……」
「なぜ魔王様が知っていながらそ知らぬふりをしていたかって?それは、あのお方がとても寛大で慈悲深いからに決まっているでしょう。魔王様は勇者様に倒されるために長い歳月と労力をかけて舞台を整えるんですよ?茶番とはいえ、実際に心臓に聖剣を突き立てられる苦痛はいっそ死んだほうがマシと思うほどだという噂ですし、そんなご自身の運命を甘んじて受け入れていらっしゃる寛大で高潔な存在は、この世界で魔王様以外にはいらっしゃいません。
あなたのことも『言いたいことがあるのなら、正直に話してくれたらいいのに』といつもおっしゃっていましたよ」
早くフローラの嘘を暴いて故郷へ追い返せと進言しても、魔王は譲らなかった。『不人気な俺の花嫁に立候補してくれたことに感謝しているから』だと、それが愛情ではなく故郷の火山活動を止めるために魔王のツノが必要なだけなのではないかと気づいてからも、『フローラ本人からきちんと聞きたい』と言い続けていた。
「それなのにあなたときたら、あまりにも身勝手なことばかり。パール様を陥れようとするだけでは飽き足らず、迷いの森で弟君の命まで狙うとは、さすがの魔王様も黙ってはいない…どころか、先代様もどう思われるか…。というか、私自信が猛烈にムカついているんですよね。ムキになってやりすぎちゃいましたか?」
フローラは震えだした。
「そんな…わたくしはマンドレイクに、少し脅かす程度でいいと…」
「ほう、やはりマンドレイクとトレントをけしかけたのもあなたの仕業でしたか。アルラウネの誘惑もさすがですねえ。ただし、パール様の返り討ちにあって、見事にみなさん伸びてましたけどね」
こうして、フローラの悪事は、艶やかに微笑み続ける魔王の側近によって続々と暴かれてしまったのだった。
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