第35話 陰謀⑦
迷いの森の様子がおかしいという報告が魔王執務室にもたらされた時、魔王は外出中で不在だった。
「状況は?」
側近のメフィストの問いかけに、上空から様子を見て戻ってきた門番のガーゴイルが報告する。
「花嫁候補のパール様が森に入った後、急に森を囲む霧が濃くなりはじめ、しばらくの後、今度は突然霧が晴れました。近づいて様子を見たら、木の魔物トレントがバタバタ倒れていました。その直前に歌声が聞こえた気がします」
「………ベリアル様とパール様は?」
「まだお戻りではありません」
執事が答えた。
「わかりました。私が行きましょう」
足早に執務室を出て廊下を急ぎながら、「やはり護衛をつけるべきでしたねえ」とつぶやくメフィストがいた。
美しいディープパープルの翼とボルドーの髪を揺らしながら迷いの森に到着したメフィストは、倒れているトレントやマンドレイクの様子を見て、ただ眠っているだけのようだと確認した。
しかし、森へ入っていったというパールの姿は見当たらない。
再び上空へ行き、森の周辺を見渡していると、森の向こう側、ニンゲンが暮らす地域との境目あたりにいる小集団に目を止めた。
次第にメフィストの目が見開かれ、ボルドーの瞳が大きく揺れる。
「わが君……」
吐息交じりに言葉が漏れた。
「そういうことなら安心ですね」
いつもの余裕たっぷりの微笑みに戻ったメフィストは、魔王城へと引き返した。
ぽたり、ぽたり……。
無表情でプールに透明な液体を垂らす者がいた。
「おや、奇遇ですね。こんな所でどうされました?」
「―――っ!」
中身が空になった小瓶を握りしめたまま驚いて振り返った眼前には、薄い唇をにんまりさせて首を傾げている魔王の側近・メフィストがいた。
「このお部屋は関係者以外、立ち入り禁止のはずですよ、フローラ様」
「…メフィスト様こそ、どうされたんですか?」
フローラは全く動揺する様子も見せずに落ち着いた声で返した。
「私はこのプールの施工責任者ですので、あなたとは違いれっきとした関係者です。ところでいま何か、液体をプールの中へ入れていませんでしたか?」
メフィストの視線の先には、フローラが握る空の小瓶がある。
「これのことでしょうか」
フローラは悪びれもせず堂々と小瓶を振って見せた。
「パールさんがベリアル様のお世話でお疲れのご様子なので、温泉の素を入れただけですわ。わたくしの故郷はすぐそばに火山があって、あちこちに温泉が湧いていますので」
大きなガラス玉のような茶褐色の目からは何の感情も読み取れない。
「ほう、それはまた何ともお優しい」
メフィストは艶やかに微笑んだ直後、フローラをプールに向かって突き飛ばしたのだった。
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