第34話 陰謀⑥
ヒツジさんに手伝ってもらってチョウを捕獲し、魔王城の備品のバギーを借りてベリアル様を乗せて魔王城を出た。
当初の予定では、出てすぐチョウを放し、ベリアル様とお城の周りをぐるっと一周して帰るつもりで、みなさんにもそう話して出てきたんだけど……この辺、お花咲いてないよね?じゃあ、チョウをここで放したらかわいそうだよね?
目の前に広がる迷いの森を抜けたらニンゲンの世界が広がっている。
そこまで行ってから放してあげるべき?
ここへ来たときは、おばけカボチャの馬車に乗って迷いの森を通過したから、森の中がどうなっているかあまりよく知らないんだけど…試しに入ってみて、無理そうだったらすぐに引き返そうと決めて行ってみることにした。
「ベリアル様、ちょっと森の中に入ってみましょうか」
「だぁっ!」
ベリアル様の元気のいい返事にほっこりしながら、わたしは森に向かってバギーを押した。
これがどれほど軽率な行動だったかは、森に入って30秒ほどで気づくことになる。「迷いの森」がニンゲンだけでなく、魔族をも迷わせるなど、わたしは露ほどにも思っていなかったのだ。
踏みしめた小枝がパキッと音を立てて折れた。
森の中は馬車が通れるほどの幅の一本道がまっすぐ続いているけれど、ここにも魔王城と同様、霧が立ち込めていて視界が悪い。
バギーを押しているおかげで返ってしっかり歩けているのはありがたいけど、自分たちがいま森のどのあたりにいるかさっぱりわからなくなっていた。
森に入って少し歩いて振り返ると、もう魔王城が見えなくなっていた。
不安になって、回れ右して元来た道を引き返してみたのだけれど、いつまでたっても森から出られずに一本道が続くだけ…。
あれ?と思って、再び回れ右して歩いてみたけれどやっぱり同じ景色と一本道が続くだけだった。
まずい。
これは非常にまずい。
自分一人ならともかく、魔王様の弟君をお連れしているのに、もしこの森で遭難とかになったら……一応、ミルクとおむつとスライム柄のブランケットなら持ってきたけど、半日しかもたない。
「だぅ……」
ベリアル様もよからぬ予感がするのか、心細そうな声を上げ始めている。
「ベリアル様、大丈夫ですからね。きっともうすぐ森を抜けます。パールにお任せください」
ベリアル様を安心させるためにバギーのベルトを外して抱き上げた。
ベリアル様は、チョウを入れたカゴをしっかり胸に抱いている。
その時だった。
ツルのようなものがヒュンっという音を立てて伸びてきたと思ったら、バギーのタイヤに絡まった。
バギーは頭上高く跳ね上がり、放物線を描いて地面に叩きつけられた。
ガシャン!と音を立ててバギーが大破し、ベビーグッズを入れていたバッグの中身も散乱した。
何が起こっているのかわからずに呆然としていたわたしは、ベリアル様の火が付いたような「うぎゃーっ!」っという泣き声で我に返ると、木立の中に飛び込んで懸命に走った。
道ではない木々の合間を闇雲に走っているため、何度もつまずき、枝で顔や体が傷ついたが、ベリアル様だけは守ろうとしっかり抱きしめて。
どうして?
迷いの森は、魔族も襲うの?
魔王様の弟まで?嘘でしょう!?
後ろからツルを伸ばしながら追いかけてくるのはマンドレイクだろうか。
害虫であるチョウを連れているのが気に食わないのかもしれない。
ダメだ、追いつかれる…。
あきらめかけたとき、目の前が急に開けて池が見えた。
幸い、水はキレイな様子だ。
いや、たとえキレイでなくとも……ベリアル様を池のほとりに座らせると、わたしは池に飛び込んだ。
水を得て力がみなぎったわたしは、思い切り声を張り上げた。
セイレーンの底力を思い知るがいいわ!声の限り歌ってやる。
ベリアル様を怖がらせたおしおきに、この森の魔物たちには、しばしの深い眠りについてもらいます!
わたしの渾身の歌声に抗えるほどの上級魔族はこの森には常駐していないのか、それとも森全体がこちらに悪意を向けていたわけではなかったのか、森のざわめきがピタリと止み、霧が晴れた。
わたしたちを追いかけてきたマンドレイクも、よだれを垂らしてぐっすり眠っている。
そして、ベリアル様も、虫かごを抱えたままコテンと気持ちよさそうに眠っていた。
「ふうっ、声を張り上げすぎてちょっと疲れた……」
下半身を二本足に戻して池から上がったけれど、服を着たまま飛び込んだためにずぶ濡れだった。
スカートを絞りながら、こんなにグズグズに濡れていたらベリアル様を抱っこすることもできない、でも森が眠りについている間に早く通り抜けなければ…と迷っていると、突然大きな影がさし、頭上からバサっという羽音がした。
「さすがは歌姫セイレーンだな」
いつだったか、魔王様との夜伽で言われた言葉。
でもその声は魔王様よりももっと低くて、わたしを包む漆黒の翼も魔王様のそれよりも大きくて……?
ゆっくりと振り返りながら見上げた先にあった真紅の双眸に吸い込まれるように、わたしの意識は遠のいていき、そういえば、魔王様と初めて会った時もこうだったっけ…と思いながら、深い闇に落ちていくままに我が身を委ねた――。
お姉さま、このお方はもしかして……?
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