第32話 陰謀④

 最近のパールは元気がない。

 何か物思いにふけっては、ため息をついてばかりだ。

 そんなパールの愁いを帯びた表情もまた可愛いと思ってしまうのだが、やはり明るい笑顔が見たい。


 サッキーが秘書として仕事を手伝うようになってからは、ありがたいことに期待以上に仕事がスイスイ片付いていき、引継書も読めるようになってきた。


 その分、弟のベリアルの世話をパールに丸投げしていることに関しては、心苦しい限りだ。

 仕事の合間にプールの部屋に防音の魔法をかけ直しに行くついでに、パールが泳いでいる様子を眺めるのが日課だが、ベリアルは相変わらずパールの胸を揉み揉みするし、泳ぎまで上手くなっていて実に腹立たしい。


 覚えてろよ、コノヤロウ。

 父上、母上、早くラブラブ旅行から戻ってきてください!


 パールに手を振ってプールを後にした。

 そのまま執務室に戻るのではなく、今日はミーナの部屋へと向かった。


 ミーナはぐったりしながらヒゲをさすっていた。

「パールちゃんはスゴイですにゃ~。乱暴な悪魔ベビーの相手は過酷すぎますにゃ」

「ミーナもいつも遊び相手になってくれて助かっている、ありがとう」

 

 俺が翼をバサっと広げると、羽が数本舞い落ちて、ミーナの目が輝いた。

「にゃ、にゃ~っ!羽いただきですにゃっ」

 ぐったりしていたはずのミーナが飛び起きて、羽を拾い集めている様子を可愛く思いながら尋ねた。


「ミーナはどうして、金がそんなに必要なんだ?」


 するとミーナは大きな瞳をくるりと回した。

「ケットシーは集団生活はせずに、愛玩ペットとしてニンゲンと共生するのが普通ですにゃ。でも最近、捨てられたり虐待されたりして路頭に迷う仲間が増えて、おまけに長い間ニンゲンに依存していたせいで自立して生活できない仲間がたくさんおりますのにゃ。そういう仲間を集めたケットシー集落を作るのが目標ですにゃ」


「……なんだよミーナ、頭悪そうな顔してしっかりしてるじゃないか。えらいぞ」

「にゃー。『頭悪そう』は余計ですにゃっ。魔王様だけには言われたくありませんのにゃ~っ!」

 

 ちなみに、俺との結婚はどうするつもりなのかと尋ねたら、ケットシー集落の完成までは誰にも自分の肉球を捧げる気はないとのことだった。

「俺はパールと結婚したらもうほかの嫁を娶る気はないが、それでもいいか?」

「仕方ないですにゃ、諦めますにゃ。そのかわり、資金集めに協力してほしいですにゃ」

 

 おそらく、最初からそれが目的だったんだろう?


 ミーナには向こう10年間、俺の羽の専売権を与えた。

 俺が個人的に譲渡する分を除いて、魔王の羽の売買は必ずミーナを通すことにした。 

 密かなお小遣い稼ぎができなく…なるわけではない。

 変装して今度は売店ではなく、ミーナに売りに行けばいいだけだ。

  

 ミーナとはこれからも、いい友人同士でいられそうだ。



 あとは……フローラだな。

 俺は、ぐらぐら揺れる左のツノを気にしつつ、フローラにどう切り出すか思いを巡らしながら執務室へと戻ったのだった。



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