第31話 陰謀③


「おい、知ってるか? あの花嫁候補のセイレーン、随分と悪いオンナらしいぞ」

「ああ、そういえばこないだ、ハーピーが身ぐるみはがされたとか言ってたなあ」

「ライバルのフローラちゃんのことをイジメてるんだろ?」

「坊ちゃんのことをメロメロに誘惑して専用プールを造らせて、ワガママ放題っていうじゃねーか」

「シッ! 『坊ちゃん』言うな。聞こえたらツノ折られるぞ」



 魔王城内でまことしやかにそんなやりとりがヒソヒソとされていたことなど、わたしはまったく知らなかった。

 

 成り行きというか、ベリアル様がやたらと懐いてくれることから、わたしがベリアル様のお世話を一手に引き受ける形になって忙しく過ごしていたし、その忙しさをむしろ楽しんでいたために、周囲の冷たい視線や悪意のある視線にも気づいていなかった。


 魔王様は、ベリアル様と一緒にプールで遊んでいるのをたまに覗きに来てくれるし、毎晩のようにベリアル様の寝かしつけで一緒に寝落ちしてしまうわたしのことを起こさないように気遣いながら川の字で寝てくれている。


 ベリアル様にミルク以外の物も、と思って、メフィスト様とも相談してオレンジがたわわに実る小さな木を2本取り寄せた。

 その鉢植えを応接室に置いて水やりをして育てていたのだけれど、しばらくしてその木に緑色のイモムシが2匹ついているのを見つけた。


「それは、チョウチョの幼虫ですにゃ~」

 ミーナが教えてくれた。

 このイモムシが葉っぱを食べて丸まると太ると、サナギになり、そこからチョウが生まれるらしい。

 それはベリアル様の情操教育にもいいかもしれない!と思って、そのまま愛でていたのが間違いだったのかもしれない。


 イモムシの存在に気づいたフローラが猛烈な拒否反応を示したのだ。

「はやく駆除してくださいませ!」


 フローラのような植物にとって、そのイモムシたちは観察対象ではなく、害虫であり脅威だ。

 気遣いのないことをしてしまったと反省してフローラにも謝罪し、オレンジの鉢植えを執事さんに頼んでプールの部屋に移してもらった。

 それからは、プール遊びの後にオレンジをもいでベリアル様にしぼってあげるのが日課になっていて、イモムシたちはプールのほうに移した翌日にサナギになった。

 あとはチョウになるだけだから、もうこの子たちがフローラを襲うこともない。


 それを、3日に1度の月光浴の際にフローラが大げさに誇張して

「パール様は、イモムシを使ってわたくしのことを殺そうとしている」

と、泣きじゃくりながら魔王様に報告していることも、当然知りもしなかった。



 魔王様の羽が手に入ると、それをせっせとコウモリ郵便でお姉さまの元へと送ることも怠っていない。

 お姉さまからは一度だけ返事が来た。

『パール、いつもありがとう。今は海溝に羽を捧げることでどうにかギリギリ持ちこたえている状況よ。心臓はいつ頃手に入りそう?よろしくね』


 心臓ヨロシク!なんて、気安く言わないでほしい。

 今のわたしにとっては、セイレーンも魔王様も同等に大切な存在になってしまった。どちらか一方を見殺しにすることは、もうできなくなってしまったというのに…。


 

 ベリアル様がお昼寝している隙に、半魚人さんに羽を届けることにした。

 最近はベリアル様を抱っこして歩いているおかげか、二足歩行にも随分と慣れてきて、前よりもスタスタ歩けるようになってきた。


「半魚人さん、いつもお世話になっているお礼です。どうぞ」

 魔王様の羽をおすそ分けすると、半魚人さんは何やら複雑そうな顔をしながら「ありがとな」とつぶやくように言った。


 もっと喜んでくれると思ったんだけどな…。

 そう思いながら首をかしげると、半魚人さんはさらに声を落として言った。


「あのなあ、同じ海の仲間のよしみとして、あえて嬢ちゃんに苦言を呈すけどよぉ、フローラちゃんのこと、あんましイジメないほうがいいぜ?センレーンは性格が悪い、嫉妬深いってどんどん評判が悪くなってること知ってるか?」


 思い当る節がいくつかあって、わたしは思わず息をのんだ。

 フローラさんに意図的に意地悪をした覚えはないけれど、きっとあのオレンジについたイモムシのことを言われているのだろうと思った。

 それに、自分がとても嫉妬深いという自覚なら十二分に、ある。


 それが半魚人さんの耳にまで届くほど、わたしの態度はひどいのだろうかと、恥ずかしさで一気に顔が火照るのを感じた。


「ご指摘ありがとうございます。全く気付いていませんでしたが、わたし、みなさんからそう思われているのですね。その通りです。反省します」

 深々と頭を下げると、逆に半魚人さんのほうがバツが悪くなったのか「お、おう、まあ気ぃつけろよ」とだけ言って立ち去って行った。


 戻る道すがら、すれ違うみなさんにいつものように「こんにちは」と挨拶しても、返事をもらえないことにも気づいてしまい、あれだけ意気揚々と歩いていた行きとは違い、帰り道は足取りが重くて、ため息ばかりとなった。



 お姉さま、どうしましょう、魔王城のみなさんの態度が、よそよそしいです!


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