第29話 陰謀①

 パールが抱えている悩みが解決したら正式にプロポーズさせてくれ。

 それまでにこっちもいろいろと整理をつけておく。

 どんな悩みなのかはわからないが、手伝えることがあれば何でも言って欲しい。


 魔王様からそう言われた。


 偽りの花嫁候補だったわたしが、魔王様と結婚!?

 舞い上がるほどに嬉しいはずなのに、手放しでは喜べない。

 わたしは、セイレーン一族が暮らす深海の崩壊を止めるために魔王様に犠牲になってもらわないといけないのだから。


 海にいた頃は、魔王様のことを「バカ息子」だと思っていたし、刺し違えてでも心臓を奪い取ってやる!と意気込んでいたけれど……。

 魔王様が毎日とても忙しく仕事をこなし、私たちには優しく接してくれる様子を目の当たりにすると、そんな気はとっくに失せてしまった。


 でも、そんなお優しい魔王様が、どうしてセイレーンの嘆願を無視し続けているんだろうか……?



「……というわけでね、ベリアル様は魔王様の弟なんですって」

 応接室でみんなに説明すると、わたし同様「な~んだ、隠し子かと思った」という反応が返ってきた。


「でも、先代の魔王様って50年前に勇者様に殺されたのではないの?」

 新たに芽生えた疑問を口にすると、みんなが驚いた顔をこっちに向ける。


「パールさん。セイレーンってもしかして、みんな天然なの?」

 サッキーがずいっと迫ってくる。


「パールちゃん、あれは死んだふりするだけですにゃー」

 ミーナはケラケラ笑い、フローラは真面目に答えてくれた。

「そういう演出をしているだけですよ。そして代替わりして、隠居生活に入るらしいです」


 えー! 知らなかった!

 本当に死ぬんだと思ってた!


「じゃあ、魔王様の滅亡とともに魔王城もガラガラ崩壊するっていうのは?」

 魔王様が勇者様に負けて滅ぼされると同時に魔王城も崩壊し始めて、大量の瓦礫が積み上がる。迷いの森の霧も魔王城を覆っていた瘴気の濃い霧も晴れてきれいな青空が広がるのだと聞いたことがある。


「それはホントですにゃ」

「代替わりしたらまた魔王城を建て直すのよ。だからまだこの魔王城も完成していなくて、資金繰りも大変そうなのよねぇ」

 資金繰りの心配をするのは、サッキーが事務仕事を手伝っているせいだろうか。

 そしてフローラは、また真面目に解説してくれる。

「崩壊後しばらくはニンゲンたちが観光ツアーで旧魔王城跡の見学に来るので、代替わり後30年は手をつけられないそうです」


 知らなかった……いろいろと大変なのね。

 でも、それなら魔王様は勇者に負けたふり、死んだふりをするだけであって、その後は悠々自適。

 そうして誕生したのがベリアル様なのね?

 素敵だわ。


 魔王様は勇者様に倒されるために存在している。

 そんな魔王様の心臓をいただこうだなんて、セイレーンは……。


「それにしてもセイレーンは深海に棲んでいるだけあって、情弱なのねぇ」

 サッキーの言葉で物思いから現実に引き戻される。


「だからあんな脅迫状を送って来るってわけ?」

「脅迫状とはにゃんと!」


 脅迫状!? 濡れ衣です!

「なにそれ?」

 訳が分からず聞き返すと、サッキーが説明してくれた。


「セイレーン一族からの書簡を翻訳してみたら『おまえの心臓、早くよこさんかい、コラ』っていう内容だったのよぉ。それで、魔王様宛にセイレーンからなんか妙な脅迫状が届いてますけどってメフィスト様にお見せしたら、『こちらで預かります』って」


 もしかして、2年前に送った「嘆願書」って、そんな内容だったの!?

 そして2年前の嘆願書をようやく開封してくれたところなの?


 セイレーンの嘆願が聞き入れてもらえなかった謎が解けた。

 うず高く積まれたあの書類の量だもの。処理が追い付いていなかっただけだったのだ。

 そして、やっと開封してもらった嘆願書の書き方がそれじゃあ……。


 はははっ、とりあえず笑っておこう。



 お姉さま、セイレーンは手紙の書き方を学んだほうがよさそうです!


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