第27話 隠し子騒動⑥


「パールに『見損なった』と言われた……」

「そんなことはどうでもいいです。手を動かしてくださいませ」

 しょげ返っている俺に鞭打つようなことを言うメフィストと、そんな俺たちを見て笑っているサッキーがいる。


 パールに「おかえりなさい、お疲れ様」って言ってもらいたかったのに、アイツのせいだ。

 パールの胸に顔を埋めていただけでなく、あからさまに揉んでいただろ。

 おまけに俺を見て、ニヤッと笑いやがった。許せん。


「パールはきっと強い母になるぞ」

 胸を揉まれているとも気づかずにアイツを守ろうと声を荒げたパールのあの剣幕を思い出して、それすらもかわいいと思ってしまう。


「魔王様が尻に敷かれるの間違いではないですか?」

「どっちでもいい。むしろ敷かれたい」


「まあ、おかわいらしいこと」

 サッキーがまたクスクス笑う。

 笑いながらも手は止めていない所がサッキーの優秀で真面目なところだ。


「なあ、サッキー。そういうわけだから、お前は嫁にできない。でもこのまま魔王城にとどまって仕事を手伝ってくれないか」

 そう言うと、サッキーが手を止めて顔を上げた。


「虫のいいことを言っているのは百も承知で、おまえのことが必要なんだ。頼む」

 頭を下げる。

「はい、喜んで。末永く魔王様にお仕えしますわ」

 サッキーは嬉しそうに顔を輝かせた。


 そのとき、突然ドアの向こうから「うぎゃーっ!」と泣くベリアルの声が聞こえてくるではないか。

 机から立ち上がってドアを開けると、ぎゃーぎゃー泣くベリアルを抱っこしたパールがいた。


「お仕事中申し訳ありません。ベリアル様が眠そうなご様子なのですが、どういたしましょう。今ここでベリアル様のことをお返ししても?」

 パールの表情は暗くて伏し目がちだ。


「あ、ああ。ベリアルの子守りは大変だっただろう。助かった」

 パールを疲れさせてしまったかなと心配しながら、パールの腕からベリアルを受け取ろうとしたが、ベリアルはパールの胸にしがみついたまま離れようとせず、さらに大声で泣き始めた。


 おい、このクソガキ。

 その嘘泣きと、パールの胸を揉み揉みするのをいいかげんやめやがれ!

 そう言ってまた頭を掴みたいところだったが、ぐっと堪えた。 


「パール、疲れているところすまないが、俺の寝室までベリアルを運んでもらっていいか?」

「はい、もちろんです」


「しばらく空ける」

 執務室を振り返る。

「ごゆっくり~」

 サッキーがにっこり笑って手を振ってくれた。


 廊下を歩きながらパールが肩に下げていたベリアルの荷物が入ったバッグを受け取った。

 歩き始めた途端ベリアルは泣き止んで、パールの胸に頬をすりすりしながら、パールの目を盗んでは俺を見上げてニヤニヤしている。


 くそう、後で覚えてろよ~!



 寝室のベッドにベリアルを寝かせると、パールは「とっておきの子守唄」を歌い始めた。

 さすがのベリアルもこれには抗いきれなかったようで、コテンと眠りに落ちた。


 ベリアルにブランケットをかけて立ち上がったパールを抱き寄せると、パールは体を硬くして泣きそうな顔をした。

「パール、疲れたか? 先ほどはすまなかった」


 パールは首を小さく横に振った。

「わたしのほうこそ、失礼なことを言ってしまいました。緊急出動でお怪我はありませんでしたか? お疲れのところ申し訳ありませんでした」


「そうか、心配してくれたか、嬉しいぞ! どこも怪我はないし、疲れてもいない。ただいま」

 だって、俺が身もだえていて使い物にならなかったから、ほとんどメフィストがやってくれたからな!


「ただいま」と言うと、パールはやっと目を合わせてくれた。

「おかえりなさいませ」

 そう言ったパールの目から涙がぽろぽろ落ちてきたのを見て、俺は戸惑いを隠せなかった。


 なぜ泣く?

 笑顔で「おかえりさない」と言って欲しかったのに。


 パールの頬を伝う涙を唇ですくい取って、さらに、唇を重ねようとしたところでパールに強く胸を押された。

「パール?」


「魔王様、わたしはとても嫉妬深いんです。だからわたしは、側妻そばめには向きません」

 パールはさらに涙を流しながら、しかしきっぱりとそう言ったのだった。



 はあぁっ? 意味がよくわからないんだが!?



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