第26話 隠し子騒動⑤
「イテテテテ、ヒゲを引っ張っちゃダメですにゃ~っ!」
ミーナがベリアル様に手を焼いている。
あれは相当痛そうだ。
ミーナが半泣きお手上げ状態で気の毒になる。
ベリアル様のほうは「だあ、だあっ」と上機嫌だけれど、ヒゲを引っ張られたり、尻尾をにぎにぎされたり、これではミーナが持たないだろう。
フローラは部屋に閉じこもったっきりだし、サッキーはお仕事中だ。
仕方ない、この手しかないかな。
「ベリアル様、パールと一緒にプールに入りませんか?」
わたしの提案にベリアル様は「だあ♪」と返事をして喜び、ようやくミーナのヒゲから手を離した。
水が冷たすぎるだろうか。
最初は心配したけれど、慣れてきたら平気そうだった。
はじめのうちは、力を入れてわたしの胸に抱きついていた。
でもベリアル様はすぐに浮く感覚を身に着けたようで、脇を持ってあげると足を浮かせてバタバタと足を動かし、何とも愛らしい満面の笑みで水を楽しんでいる。
魔王様の幼い頃もこんな風に愛らしかったんだろうか。
「うふふ、ベリアル様は水泳がお上手ですね」
もう少し泳いでほどよく疲れてきたところでミルクを飲ませよう。
そうすればお昼寝してくれるはず……そう考えていたとき、元気よくバタ足をしていたベリアル様がわたしの胸に抱きついてきた。
そろそろプールから出る頃合いだ。
ベリアル様を抱きかかえた状態でプールからあがろうとしたところで、ドアが開き、魔王様が顔をのぞかせた。
「パール、ここだったか」
入ってきた魔王様は、ベリアル様に視線を向けると眉を寄せて険しい顔になり、足早に近寄ってきた。
「おいベリアル。あまり調子に乗るなよ」
魔王様は低い声でそう言うと、ベリアル様の頭を掴んでわたしから引きはがしたのだった。
魔王様にいきなり頭を掴まれたベリアル様は驚いて
「うぎゃーっ!」
と泣き出した。
わたしは慌てて下半身を二本足に戻してワンピースを着ると、乱暴な扱いをされているベリアル様を魔王様から奪い返す。
「何をしてらっしゃるんですかっ!」
ベリアル様は泣き止んで、わたしの胸に頬をこすりつけている。
かわいそうに、怖かったのだろう。
「こんな幼い子に乱暴するだなんて、魔王様のこと見損ないました。失礼します」
親子とはいえ、やっていいことと、いけないことがある。
わたしはプンプン怒りながらベリアル様をバスタオルでくるんで応接室に戻った。
ベリアル様をソファーに下ろし、ミルクを作って哺乳瓶を渡すと、ベリアル様はそれを自分で持ってぐびぐびと一気に飲み干した。
さてと、次はお昼寝だ。
ここで困ってしまった。
……どうしよう。
魔王様の寝室のベッドが一番寝心地がいいのは間違いない。
でも、さっき「見損なった!」なんて言っておきながらノコノコ「ベッド借ります」とは言いにくい。
いや、それよりもよく考えたら、魔王様がもう戻って来たってことは、ベリアル様の子守りをわたしがしなくてもいいはずだ。
さっきプールに魔王様が来たのは、ベリアル様を迎えにきたのだろう。
ってことは、わたしが奪い返してここまで連れてきちゃったっんじゃない!
魔王様は緊急出動のあとでお気持ちが昂っていたのかもしれない……。
わたしったら「おかえりなさい」も「お疲れ様」も言わずにいきなりあんなことを言ってしまった。
ああ、わたしの馬鹿!
どんなに責められようとも誠心誠意謝罪しよう。
そしてベリアル様のために寝室を借りよう。
そう決心して魔王様の執務室へ向かった。
ドアをノックしようとして、中の話声が聞こえた。
「虫のいいことを言っているのは百も承知で、おまえのことが必要なんだ。頼む」
魔王様の声だ。それに続いてサッキーの嬉しそうな声が聞こえた。
「はい、喜んで。末永く魔王様にお仕えしますわ」
もしかして、すごい場面を盗み聞きしてしまったかもしれない。
今のって、プロポーズよね?
そしてそれをサッキーがOKしたってことよね!?
じゃあ、ベリアル様の母親は?
どなたかは知らないけど、そのお方が魔王様の正妻で、サッキーは第二婦人になるの?
そう考えると「虫のいいことを言っている」という魔王様の言葉も頷ける。
あれこれ考えていたら、抱っこしていたベリアル様が突然泣き出した。
それはまるで、わたしのかわりに泣いてくれているかのような、大きな泣き声だった。
お姉さま、パールは魔王様にとって一体何番目なのでしょう?
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