第25話 隠し子騒動④
「なあ、さっき見たか? パールがベリアルを抱っこして『気をつけてね』って。結婚したらあんな感じか? もう俺、鼻血出そう」
緊急出動要請のあったリザードマンの棲み処の上空で、俺は先程のパールの姿を思い出して身もだえた。
ベリアルの訪問と緊急出動要請が重なり、とんでもない日だと思っていたが、パールのあの一言で憂鬱な気分が吹っ飛んだ。
メフィストのため息が聞こえる。
「魔王様はこれまで一体どんな恋愛をしてきたんです? とんだガキですね、あなたは」
「文句なら父上に言え。そういうメフィストは嫁と子はいないのか?」
メフィストは俺が物心ついたときにはすでに父上の側近として働いていた。
年齢も知らないし、そういや今まで、メフィストに家族がいるのかすら考えたことがない。
するとメフィストは、いつもの心底イヤそうな顔をする。
「個人情報ですので、秘密です。さっさと片付けて帰りますよ」
そう言うと、俺を置いてひとりで下降していった。
「おい、待てって」
不機嫌そうなメフィストを追いかけながら、いつかこいつのプライベートを暴いてやると心に決めた俺だった。
リザードマンの生息地は、木が点々と生える岩場の目立つ乾燥した荒れ地。
うっそうとした森とは違い拓けている。
ニンゲンが迷い込んだとしても通常は通り過ぎるだけで、それが勇者様御一行でもない限り、リザードマンのほうからニンゲンに手出しすることはない。
それがどういうわけか、この地域にまでニンゲが進出してきて集落をつくり始めたのだという。
リザードマンのウロコに覆われた見た目がニンゲンにとっては不気味にうつるらい。
その風貌だけでニンゲンを怖がらせるには十分なリザードマンだが、本来はおとなしい種族だ。
ニンゲンのほうも次第にウロコの姿にも見慣れてきて、しかも襲われないとわかると、すぐ近くに住み始めたという。
さらにはその集落がどんどん膨れ上がってついには魔族の領地にまで範囲を広げることとなったようだ。
大昔、魔王と勇者はひとつの約束をした。
ニンゲンと魔族、互いの領地は不可侵とすることを。
その掟を唯一破っていいのは勇者様御一行であり、魔族は『勇者様育成マニュアル』にのっとって、適材適所の魔物配置を遂行しなければならない。
その育成システムにより徐々にレベルを上げた勇者は、最終的には魔王を打ち滅ぼして世界平和を取り戻す。
魔族は徹底的に悪役を演じ切り、勇者は正義を演じ切ることこそが「世界の理」であると申し合わせをしたはずだった。
しかし、寿命が短く代替わりの激しいニンゲンは、いつの頃からかその約束を後世に伝え忘れてしまったようだ。
だから当たり前のような顔をして魔族の領域を侵し、環境破壊をしてくるし、魔族を見ればムキになって攻撃してくる。
勇者様御一行は、世界平和を取り戻す一連の旅が「茶番」であることに気づかずに、本当に自分たちの実力で魔王を滅ぼしたのだと勘違いしている。
あんな「勇気」だの「友情」だの「信頼」だのという、ふわっとした概念で魔王が死ぬわけないだろう。アホか。
メフィストが集落の門番のあごを掴んでいる。
「死にたくなければこの集落の長の元へ案内しなさい」
冷徹な微笑みで言うと、門番はガタガタ震えながら抵抗することなく村長の住居に俺たちを案内した。
そこには、槍や剣で武装したニンゲンたちが待ち構えていた。
しかしそれを気にも留めずに中へと入っていったメフィストが、村長の腕を掴む。
「この荒れ地から早く出て行きなさい。この荒れ地に留まろうとするニンゲンは、リザードマンのように全身の皮膚がウロコで覆われる呪いにかかるでしょう」
見せしめのためにその掴んでいる腕の表面を緑色のウロコで覆う魔法をかけるのを、俺はまったく違うことを考えながら眺めていた。
「城に帰ったらパールが『おかえりなさい』って迎えてくれるだろうか? くぅ~っ」
ふと、背中やお尻がチクチクすることに気づいて振り返ると、ニンゲンどもが必死に俺に向かって武器を振るっていた。
そうだ、眼力を弱めたままだった。
ゆっくり瞬きをして、尚もチクチクしてこようとする奴らに一瞥をくれてやると、次々に気を失ってバタバタ倒れていく。
俺は今日、上機嫌なんだ。
だからこれぐらいで許してやる。
後年、ニンゲンの間では、その荒れ地にかつて現れた魔王はパープルとボルドーが特徴で、漆黒の口元がやたらと緩んだ側近を連れていたという伝説が残ったのだった。
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