第19話 夜伽の真実④
結局、一日中プールで過ごして、いまだに水の中にいる。
魔王城の窓から見える景色はいつでも深い霧で、その向こうの空はおそらく紫色ということしかわからないが、もうとっくに夜の時間帯になっているはずだ。
夜伽の一件で一喜一憂して、やっと呼ばれたと喜んだものの、いざその時間が迫ってみると楽しみより不安のほうが大きい。
経験はないが、夫婦の営みで男女がどういうことをするのかという閨の知識ならある。
同系の種族の場合は本来の姿のままで繁殖活動ができるけれど、異種族間で体の構造が異なる場合は、どちらかに合わせた姿となって行うのが通常だ。
わたしと魔王様の場合は当然、わたしが下半身を二本足にしなければならないだろう。
そうわかっていながら、土壇場になっても決心がつかない。
いまだに水の中、そして下半身は魚のままだ。
いつまでも魔王様を待たせておくわけにはいかないし……どうしようか。
そう思っているところへ、ドアが開いて魔王様が現れた。
「パール、やはりここだったか」
慌ててプールから上がろうとすると、魔王様はそれを手で制した。
「そのままで構わない。パールが泳いでいるところを見たい」
穏やかに笑って、床にあぐらをかいて座る。
「魔王様、プールを造っていただきありがとうございました」
わたしはクルクル泳ぎ回りながらお礼を言った。
「今日は朝からずっとここで過ごしました」
「気に入ったか?」
「はい、とっても! 工事の時は、羽もたくさんありがとうございました」
言ってからしまったと思った。
「工事の時?」
魔王様も首をかしげている。
「ええっと、お友達のハーピーちゃんの妹が、魔王様の羽をたくさんいただいたと喜んでいました」
慌てて言い繕ってみる。
「ああ、そういえばメフィストも言っていたな。ハーピーの妹に随分助けられたと。明日にでも褒美を……」
「いや! あの……ハーピーちゃんの妹はたまたま数日魔王城に遊びに来ていただけで、今はもう実家に戻っているんです」
「そうか、残念だな。次に来た時には俺のところに顔を出すよう伝えてくれ」
わたしはうふふっと笑いながら「はい」と返事をした。
尾ヒレを水に浸けたまま、魔王様の近くのプールのへりに腰かけた。
ワンピースをスポっと頭からかぶって着て、バスタオルで髪を拭いていると、魔王様が手を伸ばして髪と翼を拭いてくれた。
「ひとりでできます。魔王様のお手を煩わせるわけには……ひゃっ!」
背中がくすぐったいと思ったら、魔王様がわたしの翼に顔を埋めているではないか。
「パールの羽はひな鳥のように柔らかいんだな」
「飛ぶのは苦手なんです。だから翼も小さくて幼いままで……。二本足で歩くのも苦手です。でも泳ぐことと歌うことは得意です」
魔王様がふふっと笑って「知ってる」と言いながら、唇を重ねてきた。
唇の熱に溶かされそうになりながら、ふと、ほかの花嫁候補とも同じことをしているのだと気づいて胸がチクリとした。
それに気づいてしまうと心のモヤモヤが膨らんできて、魔王様の胸をそっと押して体を離す。
「パール? 嫌か?」
「申し訳ありません。わたし、こういうの初めてで……嫌なのかどうかも正直よくわかりません」
目をぎゅーっと瞑ってそう言った。
わかっていることは、魔王様にキスされるのが嫌なのではなくて、わたし以外の誰ともこういうことをして欲しくないと思ってしまうってことだ。
お姉さま、パールはとても嫉妬深いということに、いま初めて気づきました。
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