第16話 夜伽の真実①

 寝込みをメフィストに襲われた。

「こンのクソガキ! なに寝てやがる! 起きろボケがぁぁっ!」


 え? なに?

 俺、側近に胸ぐら掴まれちゃってる?

 なんかめっちゃ怒ってんじゃん。

 

 俺はガクガク揺すられながら、何がバレたんだ? とぼーっとした頭で考えていた。

 羽を売店に横流しにしていたことか?

 ああ、もしかして、何年か前にツノまで売ったことか?

 あれは買取価格がすごかったよなあ……でもそれ全部、隣のプールに使ったんだからいいじゃんか。


「パール様が、花嫁候補を辞退して故郷に帰られるそうです」

 俺を肩に担いだメフィストにそう告げられて、さすがに目が覚めた。


「何言ってるんだ。そんなことダメに決まってるだろう。俺は了承しないぞ」

「なぜ、パール様を夜伽に呼ばなかったのですか?」

「あーそれは……プールが完成していなかったから?」


 ていうか、俺はパジャマのままメフィストの肩に担がれて、どこに連れていかれるんだ?


「パール様にきちんと謝罪なさいませ」

 そう言われたかと思ったら、視界がグルンと回った。


 背中に当たる独特な衝撃と、ゴボゴボゴボッという音と、冷たさと息苦しさと。

 水を少々飲んでむせてしまったが、どうにか体勢を立て直してプールの中で立ち上がる。


「オイ、何しやがる!主をプールに投げ込むとか、お前それでも側近か!」

 

 メフィストが冷徹な瞳で俺を見下ろしている。

「冷たい水に浸かってよく反省なさい」

 そう言い放つと、出て行ってしまった。


「あーもう、なんだよっ!」

 苛立ちながら濡れて顔に張り付く髪をかき上げる。

 そのとき――。


「魔王様?」

 声が聞こえて振り返ると、パールが驚いた様子で立っていた。


「なんだパール、いたのか。入らないのか? おまえのためのプールなのに」

「……え?」

「ほら、来い」

 俺が両手を広げると、パールは顔をパッと輝かせてバッグをおろし、ワンピースを脱いで飛び込んできた。


 パールの手を引いて、そのやわらかい体を抱き寄せる。

「どこへも行くな。おまえのために造らせたプールなのに、完成した日に花嫁候補を辞退するとか故郷に帰るとか、一体何の冗談だ」


 俺にぎゅーっと抱き着いていたパールが顔を上げた。

「だって、魔王様はわたしに興味がないのでしょう? 夜伽にも呼んでくださらないじゃないですか」


 涙をためながら言い返してくるパールがかわいすぎて、たまらずその不満げにとがらせた唇にちゅっと口づけた。


「パールは馬鹿だな。興味がないなら、こんなプールを大急ぎで造らせるはずないだろう。……不安にさせて悪かった。もっとちゃんと説明しておけばよかったのか? サプライズにしたかったんだ。失敗したみたいだけどな」 


 パールはまだ信じられないといった様子で首をかしげている。

「プールなら、ほかの方と同じあのプールで十分ですよ?」


「ダメだ。水にはしゃぐかわいいパールの姿を誰にも見せたくないっていう俺のわがままだ。それでは嫌か?」

 パールは頬を真っ赤に染めて小さな声で言った。

「嫌じゃないです……うれしいです」


 その様子がまた愛おしくて、パールを強く抱きしめる。

 そして今度は角度を変えて何度も、唇だけでなく、ふわふわの金髪にも、まぶたにも、額にも、赤くなった耳にも、ちゅっちゅっと口づけた。


 ヤバイ、このままじゃ止まらなくなる……と思ったちょうどその時、

「はい、そこまでです」

 嫌な声が降って来て、襟首を掴まれてプールから引き揚げあられてしまった。


「魔王様、そろそろ執務のお時間ですので」

 俺はメフィストに引きずられながらパールに手を振った。


「パール、続きは今宵だ。おまえはゆっくりここでくつろいで過ごせ」


 パールは、はにかみながら手を振り返してくれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る