第15話 夜伽とプール工事④

 わたしの順番が飛ばされて、サッキーが二度目の魔王様との夜伽に呼ばれた日、わたしはベッドで声を押し殺して泣き続けた。


 なんでわたしは泣いているんだろう……。

 偽りの花嫁候補なのだから、夜伽を飛ばされたほうが好都合のはずなのに、どうしてこんなにもガッカリしているんだろう。


 魔王様に花嫁候補だとすら思われていないことへの悔しさだろうか。

 それとも悲しみ?

 モヤモヤしたまま眠れぬ夜を過ごした。


 夜が明けると、戻ってきたサッキーがミーナと楽し気に話す声が聞こえてくる。


「『次はまた、たっぷりためておいて』って言ったのは私だけど、まさかあんな量だとは思わなかったわぁ。全部処理するのに明け方までかかってしまって、ヘトヘトよ」

「にゃんと! さすが魔王様ですにゃ」


 正直、サッキーの言っている意味がよくわからないけれど、おそらく『きゃっきゃウフフ』のことなのだろう。

 それ以上聞きたくなくて、布団を頭からかぶって丸まって過ごした。


 わたしの胸中を察してか、誰も起こしにこなかった。



 しばらく悶々としているうちに、急に吹っ切れた気持ちになった。

 たくさん泣いてスッキリしたのかもしれない。


「よしっ!」

 気持ちを切り替えて立ち上がる。

 リフォーム工事でもらったお給料と魔王様の羽をバッグに入れて肩から斜め掛けし、部屋を出た。


 リフォーム工事の部屋の前を通るとドアが少し開いていた。

 吸い寄せられるように隙間からそーっとのぞくと、岩を眺めるメフィスト様の後姿が見える。


 ただの岩ではない。

 故郷の海で、わたしたちが座って歌声を響かせていたような大きな岩だ。


 えぇぇぇっ!

 岩は無しって言ったはずなのに、あんな立派な岩、どこの海岸から持ってきたの!?


 驚いて見つめすぎたせいだろうか。

 くるりと振り返ったメフィスト様と目が合ってしまった。


「おはようございます」

 メフィスト様がにこやかにこちらへやって来る。


 ちょうどよかった。

 さすがに何も言わずに出ていくわけにもいかないし。


「おはようございます、メフィスト様」

 笑顔で言ったつもりなのに、メフィスト様はわたしの頬を両手で包みこんで顔をのぞきこんできた。


「どうされました? 泣いていらしたようなお顔ですが……昨晩、魔王様に嫌なことでもされました?」

 わたしは慌てて首を横に振る。

「いいえ、何も」


 メフィスト様は、それでも「う~ん……」と眉をひそめている。


「あの! しばらく故郷に帰ろうかと思っているんです」

 わたしは意を決して言った。

「また魔王城ここに戻ってくるつもりです。でも往復に何日もかかってしまうので、その間に魔王様の花嫁が決定していると思うんです。ですから……わたしは、花嫁候補をこれで辞退します!」


「えぇっ!?」

 珍しくメフィスト様が大きな声を出し、ボルドーの瞳を揺らしてうろたえている。


「それでも……あの……わがままを聞いていただけるのなら、戻ってきたらわたしを下女として魔王城で雇っていただけないでしょうか。どうかお願いします」

 泣いちゃだめだと思っているのに、涙がぽろぽろこぼれて止まらない。


「やはり昨晩、魔王様に嫌なことをされたのでしょう? 同意なく無理に襲われたとか……」


 あら? メフィスト様は何か勘違いされているのかしら?


「違います。昨晩、魔王様の夜伽に呼ばれたのはサッキーです」

 わたしは涙を拭いながら首を横に振った。

「わたしはどうやら、魔王様に嫌われているようです。以前連れて行っていただいたプールでも怒ってらしたし、夜伽に呼ぶ価値もないと思われているようですので、これが潮時かと……」


 どうしてこんなに涙があふれてくるんだろう。

 声を震わせながら続けた。

「ほかの候補者を差し置いて自分が花嫁になれるはずがないと最初からわかってはいたんですが……さすがにみじめで辛いです」


「パール様、しばらくこのままここでお待ちください。出て行ってはダメですよ。待っていてくださいね」

 メフィスト様はわたしの涙を拭ってくれながら何度もそう念押しして、険しい顔で部屋を出て行った。



 いつからだろう。

 魔王様に唇を奪われたときだろうか、いや、その前にあの深紅の双眸を間近で見たときからだろうか。

 自分でさんざん否定しておきながら、本当は――。



 お姉さま、パールは魔王様のことを好きになってしまったようです。

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