第14話 夜伽とプール工事③
サッキー、ミーナに続いて次に夜伽に呼ばれたのはフローラだった。
フローラは普段とてもおとなしくて楚々としている。
そんな彼女もすでにそういうことを経験済みなんだろうか。それとも今夜が初めてなんだろうか。
どうしてわたしはこんなにも無粋なことばかりを考えてしまうんだろう。
なぜかとても胸がざわついてしまう。
翌朝。
戻ってきたフローラは、お肌が見るからにツヤツヤになっていて、うっとりとした顔をしていた。
「魔王様ったら、月が見えなくなるまでずっとわたくしを……ああっ、どうしましょう」
それを聞かされているこっちのほうが「どうしましょう」だ!
とも言えず、わたしはまた朝食を食べ終えるとすぐに工事現場へと向かった。
なんだか、この工事現場にいろいろ心が救われている気がする。
入ってみると、驚いたことにもうほぼ完成していた。
もしかすると休みなく夜通し工事をしているんだろうか。
「おはようございます。すごいですね! もう出来たんですか?」
挨拶をすると、どういうわけかメフィスト様が、
「お待ちしておりました」
と言ってわたしの手を引く。
意味がよくわからないままついて行くと、ヒトデをモチーフにした蛇口を設置している場所に案内された。
みなさんが輪になってわたしのことを取り囲む。
「水の開通式ですよ。水脈を探し当ててくださったあなたにやっていただきたくて、お待ちしておりました」
なるほど! そういうことだったのね!
「じゃあ、半魚人さんも一緒に……あら? 今日はいらっしゃらないのね」
いつもこの時間帯にいるはずの半魚人さんが、今日に限って見当たらない。
「ええ、ですからおひとりでどうぞお願いします」
メフィスト様にそう促される。
ヒトデモチーフをそっとひねると、蛇口から勢いよく水が出てきた。
ほとばしる冷たい水は、少しずつ大きなバスタブにひろがり、深さを増していく。
透明できれいな水だ。
体をかがめて水をじーっと見つめていたら、横にいるメフィスト様がくつくつと笑った。
「泳ぎたいですか?」
「はい! とっても!」
元気よく答えてからしまったと思った。
わたしはいまセイレーンではなく、ハーピーだ。
忘れてたわ。泳ぎたいはずがない。
「あ、ちがいます! このきれいな水だったら、魔王様も気持ちよく泳げるのではないかと思っただけです」
「そうですね」
メフィスト様は肩を震わせて笑っている。
バレちゃっただろうか?
焦ったけれど、メフィスト様は笑っているだけでよくわからない。
「ところで工事は、あと内装だけなんですが」
ひとしきり笑ったメフィスト様がおもむろに言う。
「ここに何が足りないか、女性としてのご意見を参考までにお聞かせ願えませんか?」
女性としての意見?
つまりここは、やっぱり魔王様とお嫁さんが一緒に使う浴場ってことね?
わたしはお湯に入ったら煮えちゃうもの。
魔王様と一緒に入浴は、まずありえない。
でも、もしここにアレがあれば、一緒に浸からなくてもそばにいられるかも……?
「岩ですね」
「岩!?」
言ってからまた、しまった! と思った。
岩が欲しいのはわたしの個人的な意見であって、一般的な女性は浴場にそのようなものは不要だ。
「岩というと、あのセイレーンが座って歌を歌うような、あの岩ですか?」
メフィスト様が真面目な顔で尋ねてきたため、わたしは慌てて否定した。
「いやいやいやいや、今のは無しで! 岩が必要なのはセイレーンとハーピーだけでした、あははっ」
両手を振って否定する。
「それよりも、床を滑らないように加工することと、体を全て覆う肌触りのいい大判のバスタオルがあれば女性は嬉しいと思います」
メフィスト様が頷きながらメモしている。
「いつもとても参考になります。ありがとうございました。ここも今日明日中に完成となるでしょう」
そしていつものように胸ポケットから封筒を取り出すと、わたしに差し出した。
「また何かの機会に一緒に仕事できると光栄です。お疲れさまでした、ハーピーさんの妹さん」
封筒が妙に膨らんでいる。
はしたないと思いながらも中を確認すると、これまでは1日1枚だった羽がたくさん入っていた。
「あの……こんなにいただけません」
戸惑いながらメフィスト様を見上げると、彼はいつものようににっこり笑って言った。
「私と魔王様の気持ちですので、どうぞお納めください」
そう言われてしまうと、もう受け取るしかない。
「ありがたく頂戴いたします」
そう言って頭を下げた。
この日は、水棲魔族用プールに行ってリフレッシュした。
そのあとはのんびりと過ごす。
順番からいくと、ついに今夜、わたしが魔王様の夜伽に呼ばれるはずだから。
ドキドキソワソワする。
一体何を期待しているのか自分でもよくわからなかった。
わたしは魔王様の体の一部がもらえればいいだけ。
それでセイレーンの棲み処が守れればいいだけ。
……そんな邪な気持ちが見透かされたのかもしれない。
夕方やって来たヒツジさんは、わたしのほうをチラっと見た後サッキーに向き直った。
「サッキー様、今宵、魔王様の寝室へお越しください」
応接室が沈黙に包まれて、みんなの視線がわたしに集まる。
いたたまれなくなったわたしは、無言のまま逃げるように個室に入った。
お姉さま、パールは魔王様から夜伽を拒否された模様です!
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