第12話 夜伽とプール工事①

「サッキー様。今宵、魔王様の寝室へお越しください」


 応接室で団らん中にヒツジさんがやって来て、そう告げた。


「サッキーちゃん、今夜は魔王様ときゃっきゃウフフですにゃ」

 なぜかミーナがはしゃいでいる。

「楽しみだわ」

 サッキーはそう言って色っぽくウフフと笑う。


 夜伽で男女がどんなことをするのかという知識ならある。

 もちろん経験はないけれど。

 今夜から魔王様はひとりずつ毎晩、寝室に花嫁候補を呼ぶのだろうか。


 結婚する前にそういうことしちゃうのなら、マズいんじゃないだろうか。

 順番なのだとしたら数日以内にわたしも呼ばれることになるだろう。

 ヤバイ、どうやって逃げようか。


 でも、心臓をもらうチャンスではある。

 そもそも魔王様と刺し違える覚悟でここまでやって来たのだ。

 身を任せるフリをして……いや、もしもそのまま流されてしまったら……。

 その夜、わたしは頭を抱えて大いに悩んだ。 


 翌朝、サッキーは朝食の少し前に戻ってきた。


「魔王様ったらお若いからタフねぇ。まさか明け方までとは……ウフフ」

 けだるげな表情で語るサッキーに、ミーナが食いついている。

「にゃんと! もっと詳しく聞かせてにゃっ」


 わたしは恥ずかしくて聞いていられなくて、朝食を早めに切り上げて応接室を出た。

 ただ恥ずかしいだけではない。なんだか心の中がザラつくような嫌な感覚がする。


 こういうときは泳ぐに限る!

 わたしは昨日のプールに行くことにした。


 転ばないように壁に手を当てながら少しずつ進んでいると、手に当たった貼り紙に書かれた内容を見て胸が高鳴った。


『急募!

 工事スタッフ大募集。未経験OK、1日1時間でもOK。

 隙間時間を有効活用しませんか? 楽しい職場です。

 日当+魔王様の羽の支給有。

 常時、現地にて受付中 詳細は担当者メフィスト迄』


 これは!

 魔王様の羽がもらえるチャンス!

 プールに行ってる場合じゃないわ!


 わたしは廊下を引き返した。


「あっ、パールちゃんだ!」

 途中で、昨日プールでお友達になったハーピーちゃんに会った。

 ピンク色のふわふわの羽を揺らしながら、こちらへやって来る。


 ちょうどよかった。

「ねえハーピーちゃん、お洋服を貸してもらえないかしら」

「え! 突然どうしたのー?」


 自分の姿のままでアルバイトをしたら、どうしてそんなことをするのか、もしかして羽目当てかとメフィスト様に勘ぐられてしまうだろう。

 それに「花嫁候補が何をされてるんです?」と、つまみ出される可能性もある。


「ええっと、ハーピーちゃんみたいになりたいなって思って!」

「気に入ってくれたの? わーい、いいよー」


 ハーピーちゃんはわたしを抱えて自分の居室まで飛んでいき、そこで水色のミニスカートとトップス、ピンクの羽つきのアームカバーを気前よく貸してくれた。


 着替えて鏡で確認してみる。


「すごい! パールちゃんとあたし、本当の姉妹みたいだね!」

「ほんとね!」


 これで変装はバッチリだわ!


 ハーピーちゃんにお礼を言って、意気揚々と工事現場へ向かう。

 その途中で今度は、背の高い男性に声をかけられた。


「ごきげんよう、パールさん」


 誰だったかしら……?

 帽子とメガネをつけていて顔がよくわからない。

 でもわたしの名前を知っているってことは、昨日会った誰かだろう。


 ここでいいことを思いついた。

「あの! その帽子とメガネを貸していただけませんか?」

「いいですよ」

「ありがとうございます!」


 あっさり了承した男性が帽子とメガネを手渡してくれた。

 後で返すために名前を聞いておかないと……と顔を上げたときには、なぜか彼の姿はもうなくて。

 一瞬、ボルドーの髪が見えたのは気のせいだろうか。


 首を傾げつつも、帽子をかぶり髪をその中に押し込む。

 さらにメガネをかければ、もう完璧だ。


 現場に行ってみると、すでに大勢の工事スタッフであふれかえっている状態だった。

 ヘルメットをかぶりツルハシやシャベルを持っている。


 みなさん、魔王様の羽目当てなのかしら。

 どうしよう。力仕事はできないから、どう役立てばいいだろう。


 普通のお部屋を大きな浴場に造り変えるらしい。

 この部屋が魔王様の寝室のすぐ近くであることを考えると、魔王様と花嫁のお風呂だろうか。


「できれば大規模な水道管工事は下水のほうだけにしたいので……水脈探せる方いませんか?」

 メフィスト様の声が響く。


 手を挙げたのは、わたしと半魚人さんだった。

 力仕事ができない代わりに、こういうところで貢献したい。


 メフィスト様がわたしを見て一瞬片方の眉毛を上げる。

 バレたかも!? 

 一瞬焦ったけれど、メフィスト様はすぐに元のすました表情に戻った。


 よかった。気づかれなかったってことよね?

 半魚人さんだってわたしに気づいていない様子だ。

 名前を聞かれて、ハーピーちゃんの妹だと自己紹介しておいた。


 水脈探しは真剣に……目をつぶって水を求めて神経を地下へ地下へと潜らせていく。

 随分と立派な水脈がちょうど真下にあった。

 これだったら、ずっと掛け流しでいけそうなぐらいの豊富な水量になりそうだ。


 半漁人さんともよく確認して、ここに間違いない! という場所を見つけた。

「魔王城の下はきれいで大きな水脈がたくさんありますね」

「この土地は、勇者様にとっては世界の果ての最終ステージですからねえ」

 メフィスト様が頷く。

「いくら魔王城とその周辺にわざとらしい程に瘴気を漂わせておどろおどろしい体裁にしていても、本来は空気も水もきれいな土地なのです」

 メフィスト様の説明に、なるほど! と何度も頷いた。


「きれいな湧き水のお風呂に入れたら、魔王様も気持ちいいでしょうね」

 ここでくつろぐ魔王様の姿を想像したら、自然と「うふふっ」と笑いが漏れる。


 するとメフィスト様はなぜか口元を覆い肩を震わせている。

 まるで笑いをこらえているようだ。

 そんなにおかしなことを言ったかしら?


「水脈探しは集中力が必要ですから短時間でも疲れたでしょう? 半魚人さんと……えーっと、ハーピーさんの妹さん? ププッ……おっと失礼」

 メフィスト様は尚も肩を震わせ続けている。

「おふたりはこれで上がりにしましょうか。はい、こちら本日の日当と魔王様の羽でございます」


 日当と羽の入った封筒を受け取った。

 やった!



 お姉さま、パールはついに魔王様の羽をゲットしました!


 

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