第11話 水棲魔族用プール⑤

「セイレーンっていうのは、みんなああなのか?」


 メフィストに引っ張られるようにプールエリアから出た。

 執務室に戻る途中に尋ねると、プッと笑われた。


 こいつ、さっきからずっと笑ってやがる。


「何のことでしょう?」

「とぼけるな、お前だってしっかり見てただろう。パールの……」

「パール様がどうかしましたか?」

 メフィストがイジワルそうに紫色の薄い唇をにんまりさせた。


「パールの胸の大半が貝殻の水着からはみ出していただろうっ!」

 顔の火照りを感じながら言うと、メフィストがもうたまらないといった感じで腹を抱えてゲラゲラ笑い始めた。


「魔王様は純情ですねえ。セイレーンは色気たっぷりの美貌と歌声でニンゲンを惑わせて船を沈める魔物だってこと、ご存知でしょうに」


 一応、それぐらいの知識なら俺にだってある。


「貝殻で大事な部分を隠しているだけ節度のある可愛らしいお嬢さんじゃないですか。あなたがそれに対して不機嫌になる理由がわかりませんが?」 


 自分でもよくわからないが、嫌なものは嫌なのだ。


「うるさいっ! 他の奴らにあれを見られてたまるか。パールは俺の花嫁候補だ。俺の寝室と花嫁候補たちの部屋の間に使っていない部屋があるだろう。あそこをパール専用のプールにすることはできないだろうか」


 そんな話をしているうちに執務室に到着する。

 机の上に片付けなければならない書類がたっぷりと積まれているのが見えて、げんなりした。


 メフィストが自分の机で熱心に計算を始めたと思ったら、しばらくして「至急のご相談です」と言いながら1枚の書類を差し出してくる。


「空き部屋をパール様専用プールに造り変えるリフォーム費用と、完成後にかかる維持費を計算いたしました」


 おお! 素晴らしいぞ、メフィスト!

 さすが優秀な側近なだけはある。


 喜んだのも束の間、俺はその書類に記載されている見積書の合計金額を見て絶句した。

 ゼロがふたつほど多くないか!?


「魔王城付属設備費から出すとなると、関係各所の審査を経て工事の見積もりを正式にとってという手順になります。実際に工事に着手するまで最短でも20日、実際はもっと先ですかねえ。完成までさらにどれほどかかるか……」

 メフィストが左右に首を振る。


 ぐぬぬ……魔王が予算と工期で頭を悩ますって一体なんなんだ。

 魔王様ってもっと、ドッシリ構えて、低い声で「グハハハ」とか笑って、何でもわがままし放題の存在なんじゃないのか!?


「それで? もっと手っ取り早くするにはどうすればいいんだ?」

「魔王様のポケットマネーで行えばよろしいのでは? 工事も、褒美に魔王様の羽をやると言えば喜んで張り切る者たちがたくさんいるでしょうね」

 そう聞かれるのがわかっていたかのように、メフィストは流れるように答えた。


「……ポケットマネーはまあいいとして、なんでみんな俺の羽を欲しがるんだ?」


 以前、俺の寝室を掃除していた下女たちが落ちていた羽を取り合っているのを見かけた。

 最初は俺のファンなのかと思っていたら、どうやらそういうわけでもなく……高値で取引されているという噂を小耳にはさんだ。

 変装して売店に横流ししてみたら、思っていた以上の高額で買い取ってもらえるではないか。


 それからは密かなお小遣い稼ぎとして自分の羽を利用していたが、そういや最近は忙しすぎて忘れていたな。

 一体俺の羽を、だれが何の目的でどう使用するかについては不明のままだ。


 メフィストが大げさにため息をつく。

「魔王様、口でご説明するのは簡単ですが、いい加減に『引継書』を全て読み終えてください。あなたの羽のことも書いてありますから」


「はいはい」

「『はい』は1回!」


 じゃあその時間をくれよー!


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