第9話 水棲魔族用プール③
ヒツジさんが水を入れた桶を持って来てくれた。
「ありがとうございます!」
お礼を言って早速ベッドに腰かけて足を入れる。
ひんやり冷たくて気持ちよくて、足の先が尾ヒレに戻ってしまった。
そのまま、桶から水が跳ねない程度にぱしゃぱしゃ水の感触を楽しむうちに、熱が引いて体がラクになってくるのがわかる。
やっぱり、水に浸からないとダメなのよね。
毎日熱を出して寝込んでいたんじゃ、魔王様から体の一部を盗むこともままならない。
ましてや心臓をいただくこともできないし、元気に立ち回れるように毎日水を持ってきてもらおう。
ヒツジさんに頼めばいいのか、それとも魔王様に直接お願いしたほうがいいのか……と迷っていると、ノックの音がした。
ドアが開き、現れたのは今ちょうど考えていた魔王様だった。
「パール、熱はどうだ?」
魔王様はまた有無を言わさぬ雰囲気で、額同士をくっつけてくる。
「うん、大丈夫だな」
微笑んだ魔王様が、桶に浸けているわたしの尾ヒレをじーっと見つめている。
ハッ! しまった!
足先だけ魚になっているから、驚かせてしまったかも!
「ありがとうございます。ヒツジさんに水を持って来ていただいたので、もう大丈夫です」
見ないでー! と焦りながらオタオタしていると、魔王様がわたしのことをヒョイっと横抱きに持ち上げた。
「え、えぇぇぇっ!? 魔王様?」
これは、いわゆる『お姫様抱っこ』というやつでは?
「この足では歩けないだろう。魔王城で働く水棲魔族のためのプールがあるんだが、そこへパールを連れていこうかと思って。どうする? 海水じゃなくても大丈夫か?」
間近にある綺麗な顔がやさしく微笑んでいる。
わたしは心臓をドキドキさせながら頷いた。
「ぜひ、お願いします。海水でも淡水でも大丈夫です」
「もう俺の目を見ても大丈夫だぞ。眼力を弱めたから」
やっぱり、橋の上で気を失ったのは魔王様の深紅の瞳のせいだったのね。
もしや、眼差しだけでニンゲンを殺せちゃったりするのかしら?
魔王様のすごさを再認識する。
だとすると、心臓をもらうのも相当手こずることになるに違いない。
抱きかかえられたまま部屋を出ると、サッキー、ミーナ、フローラがジーッとこっちを見ていた。
ああ、また勘違いされちゃうかな。
後できちんと説明しよう。
メフィスト様も合流して魔王城の廊下を運ばれるわたしを、すれ違う魔王城従業員のみなさんがなぜか「おおー!」と言いながら見送ってくれる。
わたしは恥ずかしくて途中からずっと両手で顔を覆いながら、たまに指の間から魔王様の上機嫌に笑うきれいな顔をチラ見していた。
「今日は、肩に担いでねえな」
「やっぱりあの子、嫁さん候補だったんだな」
「坊ちゃんの顔、ちょっとデレてなかったか?」
「シッ! 『坊ちゃん』言うな。聞こえたらツノ折られるぞ」
そんな会話が交わされていたことなど、わたしは当然知らなかった。
こうして到着した水棲魔族用プールは、そこそこの広さと深さがあった。
プールサイドに下ろしてもらったわたしは魔王様にお礼を言うと、ワンピースを脱ぎ捨てて早速プールに飛び込んだ。
深さも十分にあるプールで、水温もちょうどいい。
泳ぐうちにあっという間にわたしの下半身は完全に魚になった。
こんなふうに泳ぎ回るのはいつ以来だろう。
ひとしきり夢中で泳ぎ回って水から顔を出すと、こちらを見ている魔王様とメフィスト様と目が合う。
メフィスト様はにこやかだけど、魔王様はどこか不満げな表情で……?
慌ててもう一度きちんとお礼を言おうと思って近くまで泳いでいくと、上半身だけ水から出して改めて魔王様を見上げた。
「魔王様、ここに連れてきていただいてありがとうございます。とっても気持ちがいいです」
「……ああ、それはよかった」
あれれ? 魔王様の声が低くて怖いんですが?
わたしが首をかしげていると、メフィスト様がくつくつ笑う。
「パール様はどうぞごゆっくりお楽しみください。では、私たちはこれで」
そう告げて、魔王様を連れて退出していった。
途中、すれ違った半魚人さんに、帰りはわたしのことを案内するようにと頼んでくれるそつのない所を見せて。
メフィスト様は尚も笑いながら、不満げな魔王様を連れて行ってしまったのだった。
お姉さま、パールは久しぶりの水を堪能中です! でも、なぜか魔王様を怒らせてしまいました?
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