第6話 魔王様の花嫁候補⑤


「なあ、あの4名の中から嫁を選べばいいのか?」


 執務室に戻ってすぐにメフィストを振り返る。


「それ、私に聞いてます?」

「当たり前だ。ほかに誰もいないだろう、メフィスト」


 メフィストは小さくため息をついた。

 ほんとに、ため息ばかりつくヤツだな。


「たまにはご自身でお考え下さい。魔界に明確な婚姻制度などないことぐらいご存知でしょうに。気に入った娘を選ぶもよし、来る者拒まずで手当たり次第に召し上げるもよし、お好きにどうぞ」


「てゆーかさ、予定が3名でひとり飛び入りで合計4名って、魔王の嫁って人気がないんだな」

 もう少し集まるかと思っていたんだが。

 

「魔王様。わかってらっしゃらないようですね」

 メフィストがまたもやため息をつく。

「不人気なのは『魔王の嫁』の座ではなく『魔王様』ご自身です。巷であなたがどう言われているか……」


 俺は手をあげてメフィストを制した。

「はいはい、ストップ。それはわかっているから、もういい」


 自分がどう言われているかぐらい知っている。

『顔がキレイなだけの無能』

『バカ息子』

『世間知らずのお坊ちゃま』

『マザコン』

 だろう?


 このままメフィストのお小言を聞き続けたら、「早くお世継ぎを」と急かされた挙句、最終的には「先代の魔王様と王妃様のお顔にも泥を塗ることになるのですから、もっとしっかり責務を果たしてくださいませ」となるんだよな。


 話はここまでだと打ち切って机に座る。


 父上のでかいゴツゴツした顔と、母上のいつまでも若々しく美しい顔を思い浮かべた。

 母上はハイエルフで、俺の髪の色・翼の色・目の色以外の容姿は母親の要素を強く受け継いでいる。


 むかし、エルフの森がニンゲンに侵害されそうになった。

 それを食い止めるため緊急出動でエルフの森を訪れた父上が、エルフの姫に一目惚れしたのだと聞かされたことがある。

 エルフの長老たちの猛反対を押し切って、さらうような形でエルフの姫と結婚した父上は、生涯妻はひとりだけを貫いた。


 ただでさえ、異種同士の夫婦は子ができにくい。

 さらにエルフは、寿命がべらぼうに長い代わりに子ができにくいとされている。


 両親もなかなか子宝に恵まれなかったようだ。

 300年前に世継ぎとして俺が誕生したときには、魔界全体が歓喜に沸いたという。


「あなたを授かったのは奇跡なのよ」

 俺を抱きしめながら、母上はよくそう言っていた。

 両親の純愛を描いた絵物語まで出版されていて、いまだにベストセラーらしい。


 正直に言うと、両親の大恋愛には憧れる。

 俺だって結婚するなら、そんな風にしてみたかった。

 その胸の内をメフィストに話したらきっとコイツは心底呆れた顔で俺を罵倒するのだろうな。


 おまけに、仕事が忙しすぎるんだ!

 これでは出会いの機会すらないじゃないか!

 よしんば恋人同士になれたとしても、執務に忙殺されてデートもできないんじゃ愛想尽かしされるに決まっている。


 だからもう見合い結婚するしかない。ああ、俺って可哀そう。


 ふと、あのセイレーンの娘のやわらかい唇の感触が蘇ってきた。

 ペンを置いて己の唇に触れる。


 たしか名前は、パールといったか。


 なぜ突然あの娘のことを思い浮かべたのか自分でもよくわからない。


 唇に触れながら首をかしげる俺の様子をメフィストが興味深げに見ていたことも当然気づいていなかった。


 

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