第5話 魔王様の花嫁候補④


「いち、に、さん…し……?」


 ヒツジさんが何度も数えては首をかしげている。

「おかしいですね、予定者は3名だったはずなのですが、4名いらっしゃるようです」

 

 魔王様にファーストキスを奪われて伸びていたわたしは、メフィスト様という魔王様の側近に起こされた。


「そろそろお時間ですよ。どうぞこちらへ」

 エスコートされて、何が何やらよくわからないまま向かった先の部屋にはすでに先客が3名と、魔王城の入り口に立っていたヒツジさんがいた。


 美しいメフィスト様にエスコートされながら最後に入室したわたしに、みなさんの視線が集中して居心地が悪い。


 目の前に玉座があるということは、ここは謁見室だろうか。

 3名の女性の横にわたしも並んで立たされた。


 端のひとりは、どう見ても淫魔サキュバス。

 露出多めのいで立ちで、あふれ出る色気がすごい。


 真ん中のひとりは、獣魔。

 大きな猫目、頭の上にある三角形のモフモフな耳とお尻から生えるフサフサの尻尾がなんともかわいらしい。


 一番近い位置にいるひとりは、おそらく植魔系だ。

 肌の色が淡い緑色で頭に花飾りをつけ、白いドレスの裾からツルっぽいものがはみ出している。


 これは一体何の集まりだろう?

 これから魔王城の採用面接でも始まるのだろうか。


 だったら好都合だわ!

 下女として働かせてもらえないかと嘆願するつもりだったのだから。


 わたしは寝起きのままだったことを思い出し、慌てて手櫛で髪を整えた。

 


 部屋に魔王様が入ってくる。

 漆黒の髪に漆黒のツノ。

 さっきは身に着けていなかった漆黒のマントを羽織って、まっくろくろな魔王様だ。

 こちらを見つめる鈍く光る深紅の双眸に、再びゾクリとする。


 横の3名が、サッと跪き両手を床について頭を垂れた。

 魔王様のマントの裾に額をつける行為が忠誠を誓う最敬礼であることは、わたしも知っている。

 しかし、いかんせん慣れない二本足の状態だ。

 えいっと勢いよく両ひざを曲げたせいで、ひざ小僧を床にゴンッとぶつけてしまった。


 痛いっ! ひざがビリビリする。


 大声を出すのはマズイので口を大きく開けて、声を出さずに「あぁぁぁぁっ!」と叫んだ。

 ちゃんと練習しておけばよかった。恥ずかしい。


 プッと笑う声が聞こえた気がして見上げると、魔王様の横に立つメフィスト様が口元に手を当てて肩を震わせているではないか。


 魔王様は直視するに堪えないといった様子でわたしから目をそらしつつも、わたしの目の前に手を伸ばしている。

 

 その手を取ると、グイっと引っ張られて立ち上がらせてくれた。

「慣れぬ足で無理をするな」

 魔王様は小さくささやくと、わたしから手を離して玉座に着いた。


「みな面を上げて楽にしてくれ」


 横の3名が顔を上げて立ち上がる。


 ここでヒツジさんが口を開いた。

「魔王様、花嫁候補が1名多いのです。予定では3名だったはずなのですが……」

 魔王様が手で制す。

「構わない。立候補制なのだから、みなその意思があってここに居るのだろう?」

「かしこまりました」

 ヒツジさんはあっさり引き下がった。


 待って!

 いま『花嫁候補』って言わなかった?

 横の3名は、下女の面接ではなく、魔王様の花嫁に立候補した方々ってこと!?


 どうすれば……と焦っているうちに、メフィスト様が「おひとりずつ自己紹介してください」と言い始めた。


「サキュバスのサッキーです。よろしくお願いします♡」

 コウモリ型の羽と先端がスペード型の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、エッチなお姉さまは妖艶に微笑んだ。


「ケットシーのミーナですにゃ。あたしの肉球に触っていいのは夫だけと決めていますにゃ。よろしくですにゃ」

 もふもふで元気がよくて可愛い。

 肉球を触ってみたいっ!

  

「アルラウネのフローラと申します。ベースが植物ですので活動は少なめです。よろしくお願いいたします」

 控えめでおとなしそうで、茶褐色の大きな目が愁いを帯びているのが庇護欲をそそられる。


 最後にわたしの順番が回ってきてしまった。

 どうしよう、花嫁候補ではないと言ったほうがいいだろうか。

 でもこのままにしておいたほうが魔王様から体の一部を盗みやすそうよね?

 それならば、偽の花嫁候補を演じてみせようじゃなの!


「海から来ましたセイレーンのパールです。歌が得意です。よろしくお願いします」

 わたしは精いっぱいの笑顔で言った。



 お姉さま、パールは魔王様の偽りの花嫁候補になりました!

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