第4話 魔王様の花嫁候補③


 背後からふか~いため息が聞こえる。

「妙な声が聞こえると思って様子を見に来てみれば……あなたという方は、何をしていらっしゃるんです?」


 俺は娘からくちびるを離して振り返った。

「何って、熱を吸い取ってやれと言ったのはおまえだろう?」


 メフィストは再びため息をついた。

 もううんざりだとでも言いたげな呆れた顔をしてこちらを見ている。


「あなた馬鹿ですか? いや、馬鹿でしたよね、まったく……。額に手を当てれば十分でしょうに。そんな恋人同士のような熱烈で甘酸っぱい吸い取り方がありますか。その娘、伸びちゃってるじゃないですか」


 娘に視線を戻すと、確かに再び気を失っていた。

 一体どうしたというのか?


「いや、だって俺が熱を出したとき母上はいつもこうして……」

「それ、いつの話ですか。あなたが幼い頃の話でしょう。ああ、これだから嫌だったんです。あんな馬鹿に仕えるぐらいならいっそ濃硫酸の堀に沈めてくれとさんざん固辞したのに」

 メフィストは手のひらで顔を覆って首を振っている。


「まあ、そう言うな」

 娘をベッドにそっと寝かせて額同士を当ててみる。

 熱はもう引いたようだった。


「おまえが居てくれないことには魔王の仕事がままならない。馬鹿な魔王様には優秀な側近が必要だろう?」

 メフィストの肩をポンポン叩いて執務室に戻るよう促した。


 不本意だったのはお互い様だ。

 魔王の代替わりはもっと先だったはずなのだから。


 それなのに勇者様御一行はたいした苦労もなく、たいした邪魔も入らずにスイスイ魔王城までやって来た。

 先代の魔王である父上がこれまたあっけなくやられてしまったがために、なんの心構えも覚悟もなく、魔王の座を引き継ぐ羽目になってしまった。


 魔王業は世襲制だし俺は長男だから、いずれは父上みたいになるんだろうなあと漠然と思ってはいた。

 しかし250歳という若さでの魔王襲名は歴代最年少だっていうじゃないか。


 ふざけんな!

 もっと遊んでいたかったっつーの!

 側近から馬鹿で無知と罵られても大いに結構。その通りだ、何が悪い。


 机に座った途端、ため息が漏れた。

 先代から受け継いだ『引継書』は量が膨大過ぎて、50年かかってまだ三分の一しか読み終わっていない。


 魔界の各種族からは毎日様々な挨拶状やら嘆願書やら謁見の申請やら事務的な報告書が届く。

 さらには王城内のメンテナンスと今後の建設計画、予算編成と金策…… 。


 いちいちこれ全部目を通してハンコ押さないといけないのか? っていう書類が連日机の上に積みあがっていき、頑張っても減るどころか増えていく始末。


 おまけに机仕事だけでなく、視察や緊急出動要請もある。


 子供の頃、父上がちっとも遊んでくれなかった理由がよーくわかった。

 魔王様は、忙しすぎるんだっ! 

 

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