第12話 逃亡
俺は狙った通り、少ない魔力で作ることに成功したネズ氏を見て満足する。
「ネズ氏。お前は連絡係だ。」
「連絡係ですね。喜んで承ります。」
スライム、ネズさん、ネズニ。核持ちの魔物。
スフレ、スライム人間、ゴブリン。核を持たない魔物。
違いは何かと考えていた。もちろん核の有無だが、核による副次的な違いだ。能力としてどういった違いが出るのかここらで整理しよう。
大きく2つか?
1つは核の謎エネルギー。もう1つは連絡手段。
まず、核が生成する謎エネルギー。これにより、スライムたちは食事や休眠を必要としなかった。これが言葉以上にスライムたちを強力な手駒たらしめていた。
と言っても比較で挙げたスフレたち、核を持たない魔物の方が特殊過ぎて、エネルギーを例として比較するには少し無理があるな。中でもスフレは特殊だった。
スライムの寄生を克服し洗脳のみ受けた人間の彼女は、個体として強力であったのは確かだが、精神面ではその限りではなかった。俺に対する忠誠心のみを植え付けられた彼女は、多大なストレスを抱えることとなったのだ。
記憶の齟齬、魔物への恐怖、暗闇での個人行動、望まない戦いの強制、争いによる緊張感、攻撃や負傷による痛み。すべてが彼女の精神をすり減らしていき、時間が経てば経つほど、洗脳により変わらず存在する俺への忠誠心に依存していく。
結果、俺に辿り着く頃には彼女はロボットのように俺への忠誠心のみで行動をしていた。俺としてはスフレも便利な手駒だったのだが、そんな精神状態で彼女が能力の100%を出せていたとは思えない。結果として勇者にあっけなく殺されている。
話を戻そう。
前提条件が悪いな。核を持たない魔物というより、核を持たない生物全般とくくった方がわかりやすい。食事や睡眠が原因の体調不良であったり、そこからくる精神の不安定さ。それらがスライムたちには一切なかったのだ。
そもそも彼らには、生存本能のようなものが無いように思える。個として完成されているためか、睡眠欲求、食欲は勿論、繁殖のための生殖行為や、生物を甚振る攻撃衝動も自分の意思で行うことがないのだ。躊躇のない自爆も生への執着の無さの証明だろう。
命令に忠実。不変故の安定感。まさに歯車として完成された手駒ということだ。
次に俺を含めた核を持つ魔物同士の連絡。以心伝心というより、メールの連絡とかに近いな。俺の魔力内という制限はつくが、言葉を使わずに意思を共有できるので、隠密性に長けているのだ。
この2つの能力は、核を持っていれば備わる能力。どっちかと言ったら後者の連絡を目的として試作したのがネズ氏というわけだ。
少ない魔力で作ればネズさんのような諜報に向いた個体を作ることができるかもしれないと、期待していたが、まあ期待通りと言えば期待通りだ。
魔物とわかる最低限の魔力をもつただのネズミ。
ネズニを作った時に思い浮かべた情報は多すぎた。そのせいで失敗したのだと思ったが、落下耐性という最優先で実現したかった能力は与えられていた。つまり、俺がコストを抑えた魔物の生成のみを望めばその通りになる可能性は高い。
俺は少ない魔力でネズミに似た、意思伝達に特化した魔物を作成した。
これにより魔物生成のルールをある程度把握できた。
俺の作りたい魔物が手持ちの魔力で作れるか作れないかで、結果が大きく変わってくる。
俺の思い浮かべる条件を満たした魔物が今ある魔力で作成可能な場合は、条件通りの魔物を作成するため魔力を消費する。
手持ちの魔力が足りない場合は、全ての魔力を消費したうえで、俺が考えた優先順位を汲み取り条件通りの魔物を作成を試みてくれる。
何度か試す必要はあると思うが、大体あっているだろう。
にしても…白いな。
「魔王様、どうかなさいましたか?」
アルビノってやつ?目も赤い。思い浮かべたのはネズニ、ネズさんのようなネズミだったが、なぜ白いねずみが?
まあいい、こいつを勇者にぶつける。俺は勇者と思われる人間を見る。
こんな砂漠で1人とはどういうことだろう。周りにはいくつかオアシスを見つけたが、目的となるであろう観光名所や村のような存在は見当たらない。にも関わらず、ピクニックでもするように足取りが軽く見えるのは、勇者だからなのだろうか?
蜃気楼の見える炎天下の砂漠を歩くなど、考えるだけでも喉が渇いてくる。
そういえば、熱を吸収しやすいのが黒で、反射するのが白だっけ?白い方が涼しいイメージもあったし、夏は白を選んでいたな。もしかして、それが原因で白いねずみになったのか?
「勇者と接触せよ。」
まずはお手並み拝見。心が痛まないように、ネズ氏とはあまり喋らないようにしたし、魔力もあまり使わなかった。ネズ氏には悪いが、情報を得るために死んでもらおう。
「行ってまいります。」
ペコリとお辞儀をすると、スタタタっと走っていってしまった。
なんの疑問も持たずに健気だな。あーなんか気分悪いよ…。
人を殴らないといけない状況だとして、犯罪者を殴るのと、恋人を殴るのとでは話が違うのはわかるだろう。俺は2体目の魔物作成に取り掛かるうえで、何でもいいから性格が悪い魔物を作成することにした。
「いでよ、性悪。」
「よお!兄弟!」
目の前に作られたのは俺と瓜二つの姿を持つ魔物であった。誰が性悪だ!性悪だけで魔力が全部持っていかれたことも納得できない。
待て待て、性悪と願っただけで全ての魔力を持っていかれてしまったということはつまり、この魔物が性悪じゃない可能性があるということだ。それは俺が性悪ではない証明に他ならないと断言する。
まあいい、目的を考えよう。そう、俺に自爆を命じるのであれば全く抵抗はない。影武者としても優秀だし、こいつの性能次第では矢面に立たせてしまおうか。
新たに増えた問題は、勇者討伐のための魔物を作ることができなくなったということぐらいだな。
「おい、お前は何ができる。」
「俺はお前と意識の交換ができる。」
意識の交換?
「死にそうになったら体を入れ替えられるということか?」
「そ、入れ替えられるのは体だけ。許可くれたら、お前の能力の行使もできる。」
いろいろ聞いていてわかったのはこいつの使い方は、遠隔操作ロボットだということ。基本的にこいつの体に俺が入り込み、俺の能力を使う。死にそうになったら安全なところにいる俺の本体へ戻る。
残機が1つ増えたというのが一番わかりやすいな。
意識の交換、ね。
「早速入れ替わってみる?」
「…いや、後にしよう。そろそろネズ氏が勇者と接触する。先に確認したい。」
「そうだな。」
ネズ氏と勇者へ視界を飛ばす。ネズ氏は予定通り、俺の指示を待ちながら勇者を後ろから尾行していた。にしても近いな。人間が魔物を感知する範囲ってどの程度の距離なんだろう。
「ネズ氏、勇者になるべく近づけ。」
「はい。」
ネズ氏が距離を詰めると、勇者は立ち止まってネズ氏の方を向く。口をパクパクさせて…ん?話しかけてる?
会話?
「おい、ネズ氏?何やってんの?」
「魔王様、この者は味方です。」
俺の接触に気が付いたのか、それともネズ氏が伝えたからかわからないが、キョロキョロとあたりを見回し始める勇者。
今さっき接触したこいつが味方?しまったな。魔力の接触面をもとに大まかな姿を把握できるが、音は『発せられている』ことしかわからない。喋っていることはわかるが何言ってるかわからないのだ。
よく考えたらこれ何とかしたほうが良くないか?
勇者は固有スキルを使うとき、能力名を口にする。それを聞き取れないのでは折角のアドバンテージが無いに等しいではないか。
落ち着け。まずはネズ氏と認識を合わせよう。
「人間だろ?」
一言二言話しただけで仲間だなんて、思春期の男児ほどの性欲か、少女漫画を読み過ぎた女児ほどの憧れにしか許されない観念だぞ?仮に勇者でなくても、人間だ。俺達の奴隷や下僕ならわかるが、ネズ氏の口から出たのは『味方』だ。納得がいくわけがない。
「はい。」
「嘘ついてない?」
性悪が茶々を入れる。俺に返事をする間も、ネズ氏と勇者はずっと話している。飲み会の帰りに卵を買うよう夫にメールしている専業主婦になった気分だ。
「…自爆しろ。」
決して仕事終わりに突発的に飲み会に行くことになった夫に言ったわけではない。
「できません。」
「俺もしないぞ?」
異常事態だな。性悪はともかく、ネズ氏が自爆しない理由がない。性格を指定しなかった魔物は、俺の命令に忠実だった。それともあれか?ある程度忠誠はあるけど、仲良くなって信頼してもらわないと行き過ぎた命令は聞いてもらえなかったりするのか?
「俺の命令を実行できないのか?」
「はい。」
少し違和感があるな。命令を拒否するのに敵意を全く感じない。
「俺は普通に死にたくないだけ。ていうか、俺達詰でない?」
「お前を生み出した時点で終わってはいるな。」
うげーと言葉にならない悲鳴を上げながらウロチョロし始める性悪。こいつが俺が言いそうな事を言うのやだな。そのうえでうげーとか絶対言わない事言ってるのもやだ。
ネズ氏は性悪よりも素直に動いてくれていたのに、なにが…。
「ネズ氏、そいつは人間なんだよな?」
「はい。」
「勇者ではないんだよな?」
「いいえ。勇者です。」
しまった、勇者か人間か、とは聞いていなかった。俺が考えを整理しようとすると、性悪が興奮しながら俺の所へ駆け寄ってくる。
「勇者って断言したってことは、固有スキルを確認して…今固有スキルの影響下にあるんじゃないのか!?」
「おい!おいしい所言うなよ!!」
こいつやだ!マジで!!
「くそ、まあいい。ネズ氏、勇者の…第一声を教えてくれ。」
「はい、『支配』です。」
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