第11話 勇者の奇襲

人間!?しかも勇者か?見た目や現れ方、なによりその台詞が完全に勇者のそれだ。


突然出てきたのは空間移動?固有スキル持ちがいる5人組の中にはこいつはいなかったよな…。


水晶動いたのも気になる。この人間ではなく、水晶自体に備わった性能?状況を分析しているようで、動揺しまくった俺はその場で尻餅をついていた。


誰よりも先に動いていたのはネズニだ。俺を掴むと飛びかかってきた勇者の攻撃を避けて距離を取る。勇者の手が針のように尖り、俺がへたり込んでいた地面を突き刺している。た、助かった…。


勇者は伸びた手で器用に短剣を拾い上げると元の形に戻る。変幻自在の粘土人間ってところか?


「魔王殿、お逃げください!」


勇者が構えるのと同時に、ぴょんぴょんと勇者の周りを移動し翻弄を始めるネズニ。この場所がばれただけでも異常事態だが、どこへ逃げるって?


「できる限りのことはするべきだ。」


「しかし…。」


大丈夫、時間を止める人間にだって勝ったんだ。俺は負けない。


まずは…。


ベッ。


勇者が軽く放ったように見えた短剣が、落下せずに滑らかな軌道を描き走っていたネズニの頭を捉える。投げたのではない。黒く変色させた腕を鞭のよう使い、先端に持った短剣で頭に切りかかったのだ。


そのまま動かなくなるネズニの体を容赦なく踏みつぶす勇者。ネズニが死んだ?


「こんなもんか。次はスライムと…こいつか。」


「た、たた!すけ、て!」


勇者が俺に向かって歩き出したところで、隅の方から声が聞こえてくる。俺も勇者も驚いて振り向くと、そこにはスライム人間がいた。


「大丈夫か?」


流石に気になったのか、動かない俺を無視して恐る恐る近づく勇者。それを確認してすかさず俺の傍に滑ってきたスライムの分体が、魔法陣を展開する。何をする気だ?


「魔王様、転移です。最高幹部様が使っていたものを見様見真似で練習していたものですので、失敗するかもしれませんが、ご容赦」


バンッ!


勇者は俺の近くの分体ではなく、本体のスライムに銃のように変形した腕を向けていた。スライムもやられたようだ。変幻自在なら銃も再現可能ということか。


「見逃すわけねえだろ!スライムが一丁前に魔法陣なんか展開しやがって…。」


スライム本体を見つけたことも、それを一撃で倒したことも十分すごいことだ。


しかし最も驚愕すべきは、彼は助けを求めたスライム人間を容赦なく切り伏せたことだ。おそらくスライムが勇者を惑わすために遠隔で操作したのだろうが、スライムが撃ち抜かれたころには全員切り殺されていた。


これはこいつらスライム人間が人間でないことを知っているか、助けられないとわかっていたか、そもそも助ける気など微塵もなかったかだが…。


殺し方に全くの慈悲がない。スライム部分を切り捨てるでもなく、致命傷を外して削るでもなく、手足の切断や拘束などで無力化するでもなく。頭と心臓、必要があれば全てを切っていた。


これが勇者?


返り血に染まる男がこちらに向き直る。ゆっくりと歩く勇者の手がリボルバーのようになり、ガチャリと撃鉄が引かれる。


「じゃあな。」


発砲の瞬間、何かが勇者の腕にぶつかり弾が逸れる。


「スライム!正念場だ!!」


正体は頭だけになったネズニだった。こいつ、頭だけになって動くって、どこの森の神だよ!勇者もネズニを目視するなり銃になっていない方の手ネズニを掴み、勢いよく地面に叩きつけた。間髪入れずに、勇者が腕をハンマーに変え、何度も殴る。


残忍だとも思ったが、頭だけになっても動くのだ。容赦などして寝首を掻かれるわけにはいかないし、仕方がないのかもしれない…。


俺と勇者が気を取られている間に、ネズニの呼びかけに呼応するように魔法陣が再発光する。俺ができることは何か…こいつらに最後にしてやれることは何かないか!?異変に気付いてこちらに向き直る勇者と目が合う。


「…ばーか。」


俺は空気を振動させてゴブリンたちに伝える要領で、勇者に向かって最大限の気持ちを伝える。


「はぁ?」


勇者は俺の声にビクッと動きを止めた後に言葉の内容を理解したのか、呆れたように一瞬体から力が抜けた。俺は俺で、城まで広げていた魔力を急いでかき集めた。多分だけど、この一瞬のせいで勇者は間に合わない。


「魔王様…。」


「魔王殿、お元気で。」


こうして俺は多大な…というより、全ての犠牲を払って、無事に転移を完了することとなった。



画面を切り替えたように、俺は砂原のど真ん中でひっくり返っていた。スライムとネズニは勿論、勇者もいない。ひとまず転移には成功したようだ。


ミスと言えばミスなのだが、転移前に魔力を集めきれなくて、転移前の場所に少し残してきてしまった。偶然だが、そのおかげで俺が先ほどまで居た場所の方角だけわかる。


ネズニ、スライム、スライム人間。あの場に残してきてしまった配下たち。全員確実に絶命したことを確認しているが、俺が近くにいたためか自爆をしなかった。


切り替えよう。現状の確認が必要だな。まずは残っている魔力を全方向へ伸ばすことにする。


「スライム?」


俺の傍に転移の魔法陣を発動させていたスライムの分体を見つける。まさか、核は失ったもののスライムは復活するんじゃないか?記憶を引き継いでいるとかありがちではないか?


結果から言おう。そんなことはなかった。スライム本体の核はあの時完全に破壊されていて、残ったスライムの分体はリモコンと電源を失った電子機器に似た状態になっている。


リモコンを無くして動かなくなったとはいえ、機能が死んだわけではない。電源が無く動かせないが、壊れたわけではない。スライムの分体は崩壊するわけでもなく、静かに存在している。


これはいいことだ。


おそらく山の向こう側のスライムたちは変わらず山を減らしていると言えるだろう。そもそも俺の魔力内で行動をしていなかったのだから、スライムからの指示もなかったはず。スライム本体の損失と俺の撤退による影響を受けるはずがない分体たちは、止められる術もなくなったことでほぼ災害と言っていいだろうな。転生前のバッタの被害を思い出す。


影響と言えば、ゴブリンたちが少し気になる。


結局俺の魔力内でスライム人間が人間に紛れることは可能だということはわかっていた。紛れるだけで、そういった感覚が鋭敏の人間にはすぐにばれてしまう点と、おそらく俺の魔力外で魔物だとばれてしまうという話もスライムと話し終わっている。要はリスクリターンがあるということだ。


しかし、ゴブリンはどうだろうか?スライム人間よりも人間に近い存在であるが、俺の魔力外での活動はやらせたことがない。果たして人間の目にはどう映るのだろうか。スライム人間やネズさんよりも生存可能性は高いとは考えているが、やはり希望的観測になってしまうな。


俺は反応のないスライムの分体に腰を掛ける。


少しずつ広げている魔力にはただ何もない砂漠が映るのみ。


何もなくなってしまった。


勇者に対しての考えが甘すぎたのが原因だ。スライムやネズニの力がなければ俺はとっくにやられていた。何がいけなかったんだ?彼らの判断に任せて人間の所持品を持ち帰らせてしまったことか?勇者と対峙した際の判断が何も下せなかったことか?


馬鹿と一言、それが精一杯だった。俺は勇者へ何かしただろうか。


過去を嘆いても仕方がない。死ぬかもしれない状況で生き残ったのだ。命があれば儲けもの。懐かしいな。


人の害意による生死のない平和ボケした日本に生まれた。何かやらかしても、捕まるか喧嘩になる程度の平和な世界だ。


死ななきゃ終わりじゃない。気持ちがある限り、いくらでも続けることができる。


お前らもそうなんだろう?老化を知らない勇者よ。


俺は終わらなかったぞ?生き返った勇者よ。


俺は魔力にやっと引っかかった手足を交互に出す黒髪の人間を見つける。ほんと、ネズミみたいにそこら中にいるな。


ネズさんは自爆して核のエネルギーを消費してしまったが、ネズニとスライムは自爆をしなかった。そのため、非効率であるがネズニの時よりも少ない魔力が補填されている。加えて、俺が今まで広げていた魔力も足し合わせれば、威力偵察用の魔物と人間を殺すことに特化した魔物を作ることは難しくないだろう。


さっそく俺はできる限り弱い魔物を作り出す。そうだな…名前は…。


「起きろネズシ。」


若干魔力を帯びたスラっとした綺麗なネズミが空間を破るように姿を現した。


「ご命令を。」


この時からだろう。俺は人間よりも勇者にこだわり始めたのは。

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