第10話 勇者の回想
時を同じくして、魔王が言う2つ目の村。
リーダーからは日中の視界の良い時に行動するためによく寝ておくようにと言われていたのだが、空間移動のスキルを持つ勇者春奈は眠れずにいた。
それを知ってか知らずか、重力のスキルを持つ勇者剛が彼女の部屋の扉を開く。春奈が驚いて起き上がろうとすると、優しく押し倒される。
「なんだ、剛か。」
「なんだとは何だ?」
他の男の影を気にして問い詰めるが、春奈は剛を抱き寄せ黙らせる。静かになった彼の横腹を撫でながら、春奈は今朝のことを思い出していた。
いつも通り、眠い目をこすりながらリーダーの休憩の指示を待つ。この中で最もきついのは作戦の主軸となる時間停止を操る勇者来夢だ。来夢の能力は非常に強力な反面、使用には儀式が必要なのだとか。
儀式と言っても簡単で、寝て起きる。これだけ。そのため、何かあった時はすぐさま対処し、ことが終わればすぐに寝てスキルを使用できる状態にする。
強力なのもあるが、なにより最もリスクなく敵を殺せる能力だから主軸となっている。リーダーは常に安全第一で動く。着実に進んでいくため時間はかかるが、この勇者の身になってからは時間だけは腐るほどあるのだ。寝ている来夢を守るだけでお金と安全が確保できるならそれだけで十分であった。
「止まれ。」
リーダーは私たちに言ったのだろうか?森から歩いてきた2人に行ったのだろうか?足を止めて来夢を隠すように前に出るリーダー。老人と女性。変な取り合わせだが、呼び止めるほどでもない気がする。
「なにか?」
「…何処から来た?」
「あっちの森から…そっちの村に向かってる途中だよ。」
「…村の出身じゃないな。山を越えてきたのか。」
リーダーは警戒心を解いたように剣から手を放す。私たちも戦わなくて済みそうだとほっとすると、女性が笑い出した。
「冗談?山って!」
どういうことだ?山を越えてきていないならどこから来たんだ?リーダーは依然と剣も抜かず、表情一つ変えない。女はそのまま笑顔で続ける。
「転移装置使えば簡単に移動できるでしょ?」
「つまり勇者であると?」
転移装置は勇者にしか使えないんだっけ?そのせいもあって転移装置で行き来できる場所は過去の勇者に探索がされていない。私たちはそのような未開拓地を探索し、収入を得ていた。
「馬鹿にしやがって。山の向こうには勇者が常設されてるだろ?」
「筋は通ってるみたいだけど?」
「そうだな。疑って悪かった。」
眠気を感じさせない勇者魁人の発言にリーダーが頷く。リーダーは鎌をかけていたようだが、杞憂だったようだ。眠いのもあって皆頭が回らない。
魁人。こいつが死んでも生き返らせてくれるとかなんとか。実際、私と剛は生き返らせてもらったからついて来ている。ただ、誰も魁人の固有スキルを知らない。言葉を使わずに使用できるのだとか。私も試したが、無理だ。
漫画とかで出てくる無詠唱魔法とかってこんな感じなんだろうな。まさか自分が、詠唱が必要なモブになるとは思いもしなかった。でも無理なものは無理で、コンビニで心の中でチキンをくださいって叫んでも聞こえないよね。そんな感じ。あーでもそれで言ったら、身振り手振りでも伝われば買えるのか。言葉以外で固有スキル使う方法があるのかな?
ボーっと考え事をしながら2人の人間とすれ違う時、なんとなくだったのだろう。剛が口を開く。
「そういやあんたたち何しに行ってたんだ?」
「主とお話をしにね。」
「森に?主って動物なの?」
深夜テンションというか、寝不足の所為か、冗談を言われたのだと思い、はは、っと私が笑うと、女性の拳が飛んできた。突然のことに反応できなかった私を庇うように、誰かが私を突き飛ばしてきた。追撃を警戒しながら、私に覆いかぶさりつつうめき声を上げたのは剛だった。
「神とも見紛うほどの我が主を動物呼ばわりするか?」
鎧を着ていた剛の横腹には風穴があいていた。もし自分が殴られていたらと思うとぞっとする。人間の力じゃないし、明らかに殺しに来ている。笑っただけで?
「来夢!」
「わかってる!」
剛が血を吐きながら叫ぶと、来夢が下がりながら辺りを見回す。
「落ち着け。まだだ。」
リーダーの静止は聞こえていたが、来夢に届きはしなかった。それは剛や来夢がリーダーの判断を軽視していた結果かもしれない。寝不足による判断力の低下もあるだろう。リーダーの指示以上に自分のスキルを信頼していた来夢に迷いはなかった。
「時間停止!」
止めた後にリーダーの考えに少しだけ思考を巡らせるが、無駄だと結論付けてさっさと敵を排除する。遅かれ早かれ解決のために時間は止めたはずだ。いつもより入念に頭を殴り、女性が抜いていた剣を地面に落としておく。
解除後、老人の頭は飛んでいき、女性の頭は潰れる。
「下がれ。許可証の提示も要求もなかった。東部とは別の組織がこの森にいる!その主とかに会いに行っていたのなら、仲間が近辺に居る。警戒を怠るな!」
そもそもこの森の中では来夢達が部外者であり、来夢達こそが呼び止められる立場であった。リーダーは先に声を掛けることにより、相手が許可証について知っているか知っていないか、山の西側から来たのかを探ろうとしていた。
得られた情報が少なかったことや不明な勢力である可能性により、戦わずにこの場を歩き去りたかったのだが、残念ながら戦闘になってしまっていた。
因みに、許可証とは少しでも勇者に面倒ごとをやらせてやろうという嫌がらせの一環であり、既にすたれた文化だった。常設転移により山や森を超えるようになった時にとっくに、許可証の提示も要求も所持もしていなかったので、見当違いな警戒となるはずだった。しかしながら、偶然にもこの場において迅速に的を射る結果となったのは、彼らの日頃の行いが良かったからなのかもしれない。
「了解了解。」
リーダーの説明にそういうことかと納得しつつも、時間停止を使ってしまった来夢には助けてもらう以外の選択肢はないため、おとなしく彼らの後ろに縮こまる。
全員が来夢を中心に全方位を警戒しながら、少しずつ後退していると、死んだはずの老人が走り出した。
「うわ、きも!」
「よく見たら魔物だ!」
人間だと思い込み、頭を殴るだけで済ましたことを後悔する来夢。いつもリーダーが正しいかと言われればそうではないかもしれないが、指示を無視した結果が悪い方に転じたため、居心地が悪くなった。
「逃げるなら武器で追撃をしろ。来夢以外全員だ。」
リーダーが『武器で』など、何かの道具を使っての攻撃を指示した場合は、スキル使用禁止の隠語である。意図はわからないが、来夢が指示を聞かずに取り逃がしている時点で、指示を鵜呑みにする以外なかった。
「主よ。」
少し出遅れた剛に向かって、頭がつぶれた状態で立ち尽くしていた女性が剣を拾い上げ切りかかる。が、剣が手からなくなり、いつの間にか地面に転がっていた。間髪入れずにリーダーが女性を蹴り倒して、やっと女性が動かなくなる。
「よくやった魁人。」
「いや、俺は何も…。」
私はスキルを使っていない。来夢が時間を止めた可能性はないとして、剛のスキルで地面に叩き落とした可能性もあったが、リーダーは魁人と言っている。そもそもスキルは使用禁止だと指示されていたはずだ。それを独断で無視できるとしたら魁人ぐらいしかいない。
話題を逸らすように剛に駆け寄った魁人は脇腹に手を当てると、一瞬で傷がなくなった。どんなスキルなんだろう、どんどんわからなくなる。
「ぐ…悪い。爺さんには逃げられたか…。」
「ごめん、私をかばったから…。」
「俺の所為だ。スキルのタイミングを見誤ったのもそうだが、2人共殺せていなかった。」
果たして来夢の所為なのだろうか?女性の変わり果てた頭を見て、息が苦しくなる。老人は魔物であったが、彼女は最後まで人間だった。そもそも、これほど執拗に殴られた頭で、人間が動けるなどと誰が信じよう。人間だけではない、生き物?魔物であっても信じられるわけがない。それこそ、神の所業では…。
「『神と見紛う』って…。」
「信仰みたいだったよね。」
「神がこの先にいる?」
「来夢が殺せなかったのは偶然じゃねーってことか?」
不安を各々が口にしながら答えを求めるようにリーダーを見ると、私たちを落ち着かせようと淡々と話し出す。
「来夢、寝ろ。それと、この世界に宗教はない。前世で思われていた神の所業のような自然現象は魔物や魔王によるもの、人間の奇跡は魔法という形で解釈されている。現に老人は魔物であった。問題は無い。」
私たちは納得したことにし、それ以上話すことをやめて来夢が起きるのを待った。
では、どこからどう見ても人間の女性が砕けた頭蓋で動いた理由は、魔物と行動を共にしていた理由は何なのだろうか?横たわる女性の死体を隠すように道の脇に避けるリーダーの姿が、どうしても頭から離れない。
「怖い。」
「俺?」
思わず漏れた不安を、それどころじゃなさそうな剛が聞き返すと、諦めたように静かに私を抱き寄せてくる。
あの後、初めて来夢が死んだ。魁人が生き返らせていたが、仮に魁人が死んでしまったら、私たちはどうなるのだろうか。既に何十年と生きたが、それでも怖いものは怖いのだ。
「俺だって怖いよ。みんなも怖いんじゃないかな。あ、リーダーはわかんねーな。お化け屋敷とかテレビとか見てても絶対真顔だ。人生つまんなそう。」
剛の冗談に気が紛れ、クスッと笑う春奈。確かに、何をされてもリーダーは動じないだろう。リーダーは誰よりも状況を理解できる。だからこそ。
リーダーが一言『大丈夫だ』と言ったならば、全員が安心していただろう。それほど信頼があるし、必要があれば納得のいく説明はしてくれる。それ故にいつも以上に口数を多くして私たちを言い聞かせている彼の姿は、返って私の不安を駆り立てていた。
「案外、自分自身に言い聞かせていたのかな…。」
春奈の不安をよそに、剛は行き場を失った不満のことで頭がいっぱいだった。
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