第7話 魔物作成

わかっている勇者の固有スキルは『時間停止』『重力』『空間移動』


この3つ全ての対応は不可能とみて、魔物作成に取り掛かる。


『時間停止』は一度殺しているから、現時点で殺すことが不可能ではないことは確認している。優先すべきは今回殺すことのできなかった『重力』と『空間移動』。この2つに焦点を当てるべきだ。


スフレの死因は高所からの落下。ならば落下耐性かそれに耐える防御力が必要だな。決定打に欠ける印象も受けたから、何かしらの攻撃手段も欲しい。そうだな、暗殺特化でもいいし、遠距離攻撃を主軸としてもいい。狙撃兵のような魔物なら落下耐性も必要ないのでは?うんうん、勝てる気がしてきた。


そんなことを考えながらふんだんにエネルギーを消費していく。風呂の栓を抜いたってより、茶碗をひっくり返したぐらいの勢いでエネルギーが持っていかれる。あっという間にエネルギーは底を尽き、これ以上何もできないと感じると空間が脈打つように一定周期で振動する。


割れるような轟音と共に、歪んだ空間の中心から魔物が発生した。これは…。


「魔王殿、何なりとご命令を!」


ネズミだ。最悪、被った!回したの3回目だぞ!?ガチャじゃあるまいしふざけるな!ほとんどなくなったエネルギーに前言撤回を、いやタイトル詐欺を申し上げたい。滅ぼせるわけないだろ!!


舞い降りたネズミを観察する。最初のよりふさふさしてるな。今いるネズミと同じではないのか。


当社比だと保有する魔力が高いことはわかるが、そのせいでネズミの利点であった隠密性もなくなり、いよいよ何がしたいのかわからなくなっている。部屋に隠した友達のスマホに、電話を掛けている感じだ。


落ち着こう、わかってた。意味の分からない比喩をしている場合ではない。次に生かすんだ、何が悪かったのか考えよう。


要素の盛り過ぎか?遠距離攻撃などできそうにない。


「遠距離攻撃でしょうか?」


できるわけないよな。ごめんな。


「魔王様、3つ目の村に到着いたしました。」


ややこしいタイミングで報告が入った。


「ネズミか。今まで同様、ネズミを集めて国に向けて移動させろ。」


「魔王殿?」


名前を呼ばれたと思い、不思議そうに俺に問いかける毛深いネズミ。生まれてしまったものはしょうがない、名前でも付けて愛着を沸かせよう。


「とりあえずお前はネズニだ。ついでだ、ネズミ、お前は今後ネズサンと名乗ること。」


「「承知しました。」」


古い方をネズ3、新しいごみをネズ2とした。ネズシと数字を上げる案もあったが、それでは無限にネズミが増える可能性がある。せめて数字は下げて増えてもネズ1という予防線をはっておこう…。


ネズさんの報告にふと2つ目の村の様子を確認すると、問題ではない問題が発生していた。


勇者が起きている。寝たのは2時間といったところだろうか?しばらく寝てると思ったから気づくのが遅れた。


勇者が起きているのに問題ではないという理由は、彼らが村で眠そうに待機していたからである。集まる様子もなく、各々が思うままに休んでいるようだ。何がしたいのかわからないが、何かするための行動であるのは確かだな…。どっちにしても好都合だし、放置でよいだろう、多分。


「改めて聞くけど何ができるの?」


「は、落下によってダメージを負わない体を持っております。」


そういえば東京タワーから蟻を落としても死なない、みたいなの見たことあるな。ネズミは死にそうだけど、ネズニは死なないぐらいの硬さはあるってことか。毛深くなったのはそういうことかと、どうでもいい納得を得る。


…考えようによっては、落下の衝撃さえ和らげる物理耐性を持ってる可能性もあるな。


「落下によるダメージが無いってことは、物理攻撃が効かなかったりする?」


俺の問にネズニは恥ずかしそうに体毛を撫でる。


「いえ、見ての通りです。この体毛には大気中に散る魔力を引っ掻けて空気抵抗を増やす目的がありまして、耐性という話でしたら魔力による干渉がしにくくなっております。」


「俺って張り巡らせた魔力を通して周りの状況確認してたと思うけど?」


干渉しにくくなるなら見えにくくなるぐらいはしてそう。もしかして、実際は毛深くないのかな?


「魔王様、それは魔王様が優れているためであると同時に、『ネズニ』が魔王様の支配下にあるためかと思われます。」


スライムが不機嫌そうに答える。若干名前を強調してたし、命名が羨ましかったのかな。


「じゃあスライムにはどう見えてるの?」


「完全に体毛で覆えているわけではないため、魔物として認識できております。見間違えたかと2度見する程度の認識阻害です。」


恩恵がささやか過ぎる。俺の反応にネズニが少し落ち込んでいるように見える。何かしらの活用方法を見出して、励まさなければ。えっとタワシの代替とか?


「魔法に対して私たちよりも耐性があると思われます。」


察したのかスライムがひねり出す。他にも落下耐性あるよね!


「山の向こう側に送り込んだスライム人間と合流しろ。スライム、誘導を頼む。」


魔力を持った存在が、問題なく彼らの所に行けるのかの確認ぐらいにはなるだろう。今の俺にはほかに活用方法が思いつかないです。


「「承知しました。」」


ネズニが走り出すと、ネズさんより保有する魔力が大きいからか、直ぐに見えなくなる。力強いな、魔物としての強度はスライムよりも高いのか。襲われたらただでは済まないぐらいの馬力は感じる。


「魔王様、1つ目の村に人間が侵入しました。」


「人間?」


俺が1つ目の村を確認していると、続けて報告をしてくる。


「山の向こう側では道を発見。人間の村をいくつか補足できると思われます。」


山の向こう側はスライムに任せっぱなしで俺の魔力を伸ばしていない。


「順番だ。1つ目の村から確認する。」


村の死体は全てなくなっていた。


「死体は?」


「墓場に埋めておきました。全ての死体に液化した分体を忍ばせておりますので、いつでも操作可能です。」


優秀。一言に尽きる。優秀過ぎる。今は足しかないため撫でることができないのが悔やまれるな。


「いい判断だ。村にいるスライム人間はまだ接触させていないか?」


「はい。」


スライム人間の操作はまだ危うい状態だ。人間の皮を被っているおかげで魔物だとばれにくいにしても完全ではない。状況が状況だし、疑われたらすぐにばれてしまうだろう。


村には3人ほど国の人間かな?がいた。1人は商人だろうか?2人は護衛だな。誰かいないかと呼びかけたり、家の中を確認したりしている。


急がせたいところだが、ゴブリンの到着は少しかかりそうだな。スライムに新たな指示を出そうとしたところで、ゴブリンに混ざってスライム人間がいることに気が付く。


「ゴブリンにスライム人間を連れていかせたのか?」


「発声に最も優れたスライム人間を連れていかせました。」


魔物であるスライムたちと違い、人間がベースのゴブリンは音でしかコミュニケーションが取れない。そのため声の届く範囲でしかコミュニケーションをとる手段がなかったのだが、考えたな。


「人間たちは墓場を確認したか?」


「いえ、先ほど到着したばかりです。」


「ゴブリンたちに、墓場を経由して人間と接触しろと指示を出せ。足の速い者に先行させ、村全体で葬儀を行っていたと言い訳するんだ。」


ゴブリンがスライム人間を囲んで指示を聞いている様は少しゾッとする。これが人間なら何も思わなかったのだろう。


イルカや狼など、知能が高いとわかる動物が集団で狩りをするのは人間のころ見たことがある。何なら蟻のような虫だってそうしているのは見るが、対象が人間であったならばと考えると、種の危機を感じるためか、これほど怖いものはない気がした。


次は山の向こう側か。余剰エネルギーはないため、見る必要がない3つ目の村と国に伸ばしていた魔力を引っ込ませて、山に伸ばす。


うわ!俺の魔力がない所を境にはげ山になってる。あった物全てを栄養にしたのか、スライムの分体もとんでもない量に増えていた。


「これやりすぎじゃない?」


「申し訳ございません、私も今確認しました。」


「どういうことだ?分体はスライムの意識下にあるはずだろ?」


「私の分体やネズサンは連絡ができるほど魔力を有しておりません。そのため魔王様の広げた魔力を媒介として連絡を行っております。そのため、魔王様の魔力内に存在しない分体の制御ができておりませんでした。」


「ならなんで道を見つけたことがわかったんだ?」


山の向こう側に送ったのは分体とスライム人間だけだ。話の流れ的に、連絡は取れないはずだが。


「スライム人間を使いました。彼らは元々人間ですので、多少の魔力負荷に耐えることができます。また、ネズニが発信の中継を担ったため、確認が取れた次第です。」


「魔王殿!」


ネズニはスライム人間と俺たちの丁度中間に移動していた。もうそこまで移動したのか。


にしても短い間にずいぶんと広い範囲を潰したものだ。食って増えるから鼠算式に浸食が加速したのだろう。実際の範囲を確認しきれていないが、少なくとも俺が伸ばしていた国と3つ目の村の範囲では収まらないほどだ。


どうしよう。


人間にばれること…は気にしなくていいのか。環境破壊…も今は関係ない。わかっているが、大規模過ぎて戸惑っている。取り返しがつかないのもそうだが、何かしら問題になりそうな気がするというか、罪悪感のような不安がすごい。


…。


ゴブリンはともかく、俺の作った魔物に食事は必要ないからいっか。


「引き続き森を消せ。」


「承知しました。」


「ネズニは道沿い進んで、何かあったら報告しろ。死なないように。」


「承知しました。」


俺は分体とネズニが行動を開始したことを確認して、国と3つ目の村に魔力を戻す。


「なにこれ。」


3つ目の村の一角が吹き飛ばされていた。集まっていたのか、結構な人間が倒れている。


「魔王様!ネズサンと連絡が取れません!恐らく…自爆したと思われます。」


そんな、せっかく名前つけたのに!俺は有能な部下を一人失ってしまった。

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