第8話 ネズさん死亡
「ネズさんを見つけることのできる人間がいたってこと?」
「…。」
黙り込むスライム。見当はついているが、言いにくい感じ?俺のミスか?
「頼む、考えを教えてくれ。」
「…はい。おそらく、魔王様の魔力がなくなったためであると思われます。」
俺の魔力?確かに引っ込めたが、だからと言ってネズミが死ぬ原因にはならない気がする。スライムの分体が生きていたのだから、ネズミが俺の魔力外で死ぬ理由にはならない。
「人間は魔物の魔力を相対的に感知します。ネズサンも強力な核を有しているため、例外ではありませんでしたが、彼は周囲の魔力と同化することにより認知を逃れていました。」
「俺が魔力を回収してしまったから、魔力の少なくなった村で相対的に魔物として認識されてしまったってことか?」
「ネズサンのミスであるかと。」
弱すぎて認識されないのではなく、認識されないよう爪を隠していたのか。
「俺のミスだ。知らなかった。スライムの分体の液化も同じようなものか?」
「はい。ネズサンとは違い、魔王様の魔力を通して外から魔力の調整を行っており、いつでも分体への昇華が可能です。魔王様の魔力外ですと、似たことは先ほどのスライム人間とネズニのようにできますが、遠距離から正確な魔力の照射を連続して行う必要であったりと、問題が並ぶため魔王様の魔力外の液化は実用性に欠けるかと。」
俺が視界を飛ばすために広げていた魔力を魔物が活用しているとは全く思わなかった。基本的に俺の魔力外での魔物の活動は控えさせるべきだな。分体は核を持たないこいつらよりも価値は低いからいいとして、核を持つネズニを魔力内に呼び戻さないとだな。
「ネズさんはよくやった。」
爆心地は村の中心の広間かな。魔物として認知され追い込まれたのだろう。人間どもが大慌てで負傷者の治療に当たっている。
死んだのは2人ぐらいか?死者よりも負傷者が圧倒的に多い。ざっと見ただけでも村の半数は怪我をしているように見えるな。
「魔王様!ゴブリンが攻撃を受けました!」
うまくいかな過ぎる!1つ目の村に視界を送る。問題が後を絶たない。
護衛二人によりゴブリンの一人が取り押さえられていた。
「貴様なんのつもりだ!」
「誤解。体、触っただけ。」
…。ゴブリンが人間に抱き着いたらしい。接触しろとは言ったが…しかし、人間側にゴブリンを殺す意図はなさそう?心身共に醜いが人間であると思われているのだろう。
会話を一方的にしか聞けないのが痛い。スライムやネズさん…は死んだんだったな。ともかく彼らのように、即座に指示を飛ばして行動してもらえることのありがたみを実感せざるを得ない。何とか穏便に済ませて、国との交流を深めてくれ。
「取り押さえているだけで、攻撃の意思はないと思う。警戒しつつ、村で作業を行わせろ。ここに住んでいた人間であることをアピールしたい。」
「承知しました。」
「魔王殿、戻りました。」
びっくりした!いつの間にか、俺の近くでネズニが涙を流していた。
「丁度呼び戻そうと考えていた。その、ネズさんのことは残念だった。」
スライムが呼び戻してくれたのだろうか?同じネズミだし勝手に家族みたいに思ってたけど、同時に作られたスライムも双子みたいなものか。
「…報告します。拠点近くの山の中に城のみを発見。道は途切れておりました。」
城のみ?城下町のようなものはないということか。
「俺の方でも確認しておく。ご苦労。」
「はい、ありがとうございます。続いて、城付近、道から外れた場所に大規模な野営を確認。また、城と逆側の道の先でいくつかの村と国を確認しました。以上です。」
報告が終わったと思ったら終わってなかった。呼び戻されたのではなく、調査が終わったから戻ってきたのか?この短時間で本当に見てきたのだろうか。
「スライムに位置を共有しろ。スライム。今から魔力を山の向こう側に送るから、野営地、城、村、国付近を避けるように指示を出してくれ。」
ネズさんの二の轍を踏まないように、3つ目の村と国の状況を確認してから魔力を移動させよう。
「魔王様、スライム人間の体を送受信特化へと作り変えました。そのため、スライム人間を通して簡易的な指示を可能としております。魔王様に動いていただく必要はなくなりました。」
「わかった。魔力は送らないから何かあったら報告するように。」
ありがたいな。山のこちら側の問題が解決していないどころか、増えている現状で欠員も出ている。問題が起きていない山の向こう側よりも、こちら側に注力しておきたい。
「魔王殿、戦利品です。」
ガラクタを体内に取り込んでいる分体を渡してきた。中身は武器とか道具?
「人間の物のようだけど?」
「道中に居た人間を殺して奪い取りました。」
「死体はスライム人間の強化に活用させていただきました。」
そういうことだったのか。ていうか殺した?
「人間を殺したのか?」
「はい、勇者がいなかったため、殺せると判断しました。」
ネズニすごいな。勇者はいなかった?まさか戦って確認したわけではないだろうな?
「勇者って他の人間と見分けつくの?」
「いくつかあります。まず、歩き方です。彼らは手と足を同時に前に出しません。」
へえ、こういうのって常識としてあるのかな。一目でわかる指標があるとは有り難いね。
「次に武器などの道具を持ち歩く勇者が多いです。多くの人間は魔法を頼り、剣を扱うのは騎士など、武術の指南を受けることができた者のみであるためです。財力の関係もありますが、国の護衛でないのに武器を持っているならば勇者か貴族であると断言できます。」
ほええ、詳しいな。しかし、歩き方や武器の有無を確認したとしても、まだ勇者の可能性がある気がする。
「他は勇者のほとんどが衛生面を気にしており、装備品を清潔に保ったり、調理や食事の管理を徹底しております。また、黒髪であることがほとんどで、瞳が必ず黒いです。」
あー日本人すかね?髪や目の色が日本人であるならば、生まれ変わりでこの世界に来ることはないのかもしれない。よくある話、転移してきた日本人が勇者だったというわけだ。それならば歳をとらないのにも納得は行くかも。歳をとらないということは生まれてから成長もできないはずだし、転生の線は考慮しなくてよさそうかな。
想像を膨らませながら、スライムの分体からガラクタをすべて取り出す。硬貨、短剣、水晶、保存食、本。
本には日本語が書いてあった。魔法の本、ね。
「読める?」
「読めません。」
だよね。否定したスライムに、驚いたようにネズニが口を開く。
「はい…日本語ですよね?」
「日本知ってるの?」
驚いたな。スライムが知らないのにネズニが知ってるとは。
「いえ、魔王殿に授けられた教養範囲の知識として習得したのみです。日本に関する知識は魔王殿の故郷、とだけ。」
状況を理解したのか、魔王様。とスライムが話し出す。
「ネズニは魔王様が意識をもって作成された初めての個体です。こちらの世界の常識と誤認し魔王様の母国語を習得させてしまったのだと考えます。」
確認する中で人間の言葉は日本語だった。ネズさんも人間の会話を理解していたよな。ならば、話し言葉は日本語と差異はないのか。ネズニの知識は俺の知識に、スライムの知識は前の魔王に依存している可能性が高い。
「スライム、この世界でこの言語は何て呼ばれてる?」
「…専門分野以外では言語という概念はあまり使われないと思われます。多少の違いはあるとしても会話による意思疎通が取れないことはありません。言葉が通じない場合、相手がコミュニケーションをとるほどの知能を有していない敵であることを意味します。人間にとって言語の違い以上に会話の可否が重要のようです。」
共通語しか存在しない世界なら、言葉の種類を言語とくくる必要もない、と。会話ができているのに日本語が読めないということは、日本語ではない文字が存在するか、識字率が低いかのどちらかだ。今回は前者だ。
「これなんて書いてあるの?」
今度は短剣を足でつつく。束の部分に書かれた知らない文字は、おそらくこの世界の文字だ。
「時間を掛ければ読むことができますが、ゴブリンの方が適任かと思われます。」
「これも読めないのか?」
ネズニは当然読めないようだが、スライムが読めないのはおかしい。お前、俺たちの中で一番頭良さそうじゃん。
「はい。現在に至るまで文字の読解が必要ではなかったため、聞き取り、発声を優先しておりました。ネズサンのように発達した目や耳、脳を持っていない故、スライム人間を得た現在も、難航中です。読解を優先しますか?」
死んだあとからネズさんの株がぐんぐん上がっていく。生前なんの役にも立たないと思い適当に指示を出していたが、問題なく実行できていたのはネズさんの対応力あってこそだったのか。失って気づく何とやら。
「優先順位は特に変えなくていいや。」
魔法の本は、日本語が読めるネズニに読ませてもよいかもしれないな。俺は本をペラペラとめくる。気づけばもう日が落ちてきている。
まだまだ、知らないことが多い。特に殺すべき人間については知る必要がある。人間に関する質問はゴブリンたちの方が詳しいだろう。この硬貨をゴブリンたちに渡すついでにいろいろ聞いてみるか。スフレとかも生きていたらもっと役に立ったかもしれないな。
何かしら変化がないかと2つ目の村を見ると、勇者一行はほとんど就寝していた。今のうちにスフレと老人のバラバラになった死体を回収しよう。…忘れてた、燃やされたんだったな。
「勇者が寝たようだ。起床時に備えて、分体をいくつか山の向こうからこちらに送ってくれ。あと、一応この金はゴブリンに渡してきてほしい。」
「承知しました。」
「ネズニ、山の向こう側から来る分体の護衛を頼む。勇者やそれに匹敵する人間に接触した場合は、分体を盾に生還を優先すること。」
「承知しました。」
1つ目の村、ゴブリンの村がどうなったか確認しようとしたところで、水晶が動いた。スライムとネズニも確認したようで、動きを止める。
見た感じただのガラス玉だと思ったが違うのか?
「お前らやばそうだな。」
陽気な声と共に水晶が砕けて、人間が姿を現した。
「ぶっ殺しとかねーと。」
ありえない状況で笑みを浮かべるのは、黒髪黒目の人間だった。
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